70話 エドマンドとクレア
中に入って来たのは上質のスーツを着た白髪の初老の男であったが、その動きには隙がない。
フレディーと騎士は、警戒してその男を見た。
だが、男は茶色い瞳でにこりと微笑み、国王の侍従、マシュー・ウッドバンだと名乗った。
「お待たせして申し訳ございません。皆様をこちらにお招きしたのは国王陛下でございます。お招きしておいて恐縮ですが、陛下はまだセレモニーがございますのでこちらに来ることができません。ですから陛下がお越しになるまで、私が話し相手をさせていただきます。皆様、お時間はよろしいでしょうか?」
「パレードを見た後は、ぶらぶらしてから宿に戻るつもりだったので時間は大丈夫です」
フレディーが答えた。
「あの、何故国王陛下はわたくしたちをお呼びになったのですか?」
セレスティアがマシューに問う。
「驚かれるのも無理はないかと存じます。皆様はフォーサイス伯爵家にゆかりのある方々ではございませんか? 陛下がパレード中に見つけられ、こちらに招待するようにと仰せになったのです」
「お察しの通り、私はフォーサイス伯爵家の次期当主、フレディー・フォーサイスです。こちらは、私の妹、ローリアです。身分証を見せましょうか?」
「やはりそうだったのですね。身分証を見なくてもわかります。お待たせするのは心苦しいのですが、どうかしばらくお待ちくださいませ。お庭の見学をご希望なら私がご案内いたします」
結局マシューの提案に乗り、四人は広大な庭を見学し、遅めの昼食をとり、廊下に飾っている絵画を鑑賞して時間を潰した。
セレスティアたちがあれやこれやと時間を潰している間、彼女たちを招待した張本人、国王エドマンド・ウイキヌスはイライラしていた。
パレードが終わってから、ずっと謁見の間から離れることができないでいる。
祝辞を述べるためにずらりと並ぶ賓客たちに愛想笑いの仮面をつけて、聞きたくもない賛辞の声を聞いていた。
心の中は、一刻も早くここから出てあの娘に会いたいという思いで一色だったのにも関わらず、そうはさせないとでも言うように、長い列は一向に短くならない。
心を読み取られぬようにつけた仮面の下では、懐かしくも残酷な結末を迎えた留学時代のことを思い浮かべていた。
俺が、ベルランテ王立アカデミーの三年生に編入学した日、心は浮き立ち、地に足が着いていないかのようにふわふわとした感覚に浸っていた。
王太子の重責から逃れることができ、やれマナーがどうとか、王族としてのふるまいがどうだとか言って来る輩はいない。
ああ、俺は自由なんだと両手を挙げて喜んでいた。
アカデミーでは王族だと知られたくなくて、ウイキヌス王国の子爵の息子だと名乗ることにした。
入学してすぐのこと、図書館がわからずうろうろしていたら、妖精のように美しい伯爵令嬢クレアが声をかけてくれた。
彼女よりも身分が低い子爵の息子だと名乗っても、態度が変わることはなく、いたって親切で、恥ずかしそうに笑うその姿に何故か心がときめいた。
おそらくあれが一目惚れというものなのだろう。
クレアには双子の姉シンディーがいたが、しっかり者で気の強い姉とは正反対のクレアは、おっとりしていて姉の後ろに隠れているような娘だった。
まあシンディーが次期当主だと決まっているから、その方が良いのかもしれないが。
あれほどの美人姉妹なのだから、婚約者なんていて当然なのだろうと思っていたのだが、秋の舞踏会で見たクレアにはエスコートしている男性はいなかった。
姉のシンディーには婚約者がついていたが、クレアは一人だ。
これはチャンスかもと思って思わず声をかけた。
「クレア、一人なの?」
だが、無残にも期待は儚く消えてしまう。
クレアには婚約者がいて、誘ってくれなかっただけだと聞かされた。
しかも婚約してから、ずっと放置状態が続いているという。
だが、そんな薄情な婚約者を、クレアは仕事だからとかばう。
そんな姿を見て、俺の心はギュッ締め付けられるような気がした。
手紙すら無視するような男を、何故かばう必要があるのだ?
「ねえ、クレア、今日はそんな男のことは忘れて、俺と踊ろうよ」
俺はクレアをダンスに誘った。
クレアは婚約者に悪いと思ったのか渋っていたのだが、結局シンディーと俺に押されてダンスを承諾してくれた。
彼女と踊っている時間はまさに夢のようだった。
胸はドキドキしているのに心はワクワクしていて、このままずっと踊り続けたいと思った。
だが、何故クレアの婚約者は、こんなにも素敵な女性を放置し続けているのだろう?
俺は侍従のマシューに、エマーソン伯爵について密かに調べるように命じた。




