68話 会ってみたい
「そうかい。ところでセレスティア嬢は、何故医療技術を学びたいと思ったのかな?」
「世の中の人を一人でも多く救いたいという気持ちもありますが、わたくしが一人でも生きて行けるように、自分の仕事にしたいというのも正直な気持ちです」
「ああ、なるほど。お嬢さんの複雑な事情は聞いているよ。ところで、かなりの汚れ仕事になる。温室育ちのお嬢さんには難しいと思うのだが、覚悟はできているのかな?」
「わたくしは幼い頃から身の回りのことは一人でしてきました。破れた衣服も自分一人で縫い直してきましたから針仕事にも慣れています。だから大丈夫です」
自信ありげにそう言うセレスティアの顔を見て、ディクスは目を丸くする。
「ははっ、お嬢さんは見た目よりもずいぶんと逞しく生きてきたようだな。わかった。俺の医療技術を伝授しよう」
この日から、毎日仕事が終わってからディクスに教えてもらう日々が続いた。
皮膚の縫合や血管の縛り方は、動物を使って学んだ。
学ぶことが好きだったセレスティアは、スポンジが水を吸収するかの如く、新しい知識と技術をどんどん身に着けていった。
そしてそれは診療所でも活かされて、患者にも感謝され、セレスティアの生き甲斐になっていく。
セレスティアがフォーサイス城で暮らし始めて、半年が過ぎた。
仕事も順調で、家族も優しく穏やかな日々が続いている。
心に余裕が出てくると、今まで思っていなかったことが頭をもたげてくるようになった。
「本当のお父様に会ってみたい……」
北の空を見上げながら、セレスティアは独り言ちた。
エマーソン伯爵は実の父親ではなかった。
それだけでなく憎まれていた。
だからあんなにも冷たい仕打ちができたのだろう。
実の父親に会ったからといって、今さら何になる?
きっとわたくしが生まれたことすらも知らないだろうに
もし会って、実の父親にも冷たくされたら……
会いたい思いと、それを否定する思い、二つの相反する思いがぶつかり合う中、一目で良いから会ってみたいという思いは徐々に膨らんできて、いつの間にか心の中はその思いではち切れそうになっていた。
しかし、父親はウイキヌス王国の国王で、王妃も王太子もいる。
実の娘がいきなり現れたとなっては、国を揺るがす大事になりかねない。
だからこっそりと、ただ見るだけなら許される?
年が明け、町は新年を迎える祭りで賑いを見せていた。
フォーサイス城でも家族そろって新年を祝い、セレスティアは初めての家族行事に温かいものを感じていた。
家族に恵まれた今は、この暮らしがいつまでも続いて欲しいと思う。
しかし、父親に一目で良いから会ってみたいという思いも膨らみ続けている。
冬の寒さが緩くなってきた頃、セレスティアにチャンスが巡って来た。
「ウイキヌス国王が、もうすぐ在位一周年を記念してパレードを行うらしいわ」
朝食の席で、シンディーが皆に報告をした。
「えっ? ウイキヌス国王が?」
セレスティアがティーカップを持ったまま、目を丸くしてシンディーを見つめた。
この言葉の意味を、フォーサイスの家族は皆理解している。
「セレスティア、どうしたい?」
シンディーがセレスティアの瞳に応える。
「わたくし、遠くからでもいいので、国王、いえ、お父様を一目見てみたいです」
「そう、それなら準備を早く始めましょう。パレードは三月一日、二週間後だから、まだ間に合うわ」
ベルランテ王国とウイキヌス王国は昔からの友好国で、身分証があれば簡単に国境を越えることができる。
死んだことになっているセレスティアの身分証を手に入れることはできないが、従妹のローリアの身分証ならすでに作っているので、それを使わせてもらうことにした。
準備が終わり、明日が旅立ちの日となった前日の夜、フォーサイス家の皆が食堂に集まった。
セレスティアは、いつもよりも豪華な食事が用意されているのを見て、旅立ちの激励会をしてくれるのだと思っていた。
「セレスティア、ちょっと早いけど誕生日おめでとう!」
「えっ?」
シンディーの言葉に、セレスティアはすぐに反応できなかった。
「セレスティアや、もうすぐ17歳だね。おめでとう。こんなに立派になって、わしは嬉しい」
祖父アウビスは涙目でお祝いし、祖母ラビアもおめでとうと言いながらハンカチで目頭を押さえている。
「姉様の誕生日はウイキヌスにいるからさ。早くなるけど、今日みんなでお祝いしようってなったんだ」
フレディーは少し誇らしげな顔でそう話し、ピートとローリアはうんうんと頷いている。
皆からの、おめでとうのシャワーの中、セレスティアは感極まり胸がジーンと熱くなった。
「あ、ありがとうございます」
セレスティアの目から、ツーと涙がひとしずく零れ落ちた。
母親が亡くなってから、家族に誕生日を祝ってもらったことなんて一度もなかった。
それが当たり前のことだったから、まさか自分が祝ってもらえるとは思ってもいなかった。
それなのに、こんなにも温かい言葉で皆にお祝いしてもらえるなんて……
豪華な料理の後には、十七本の蝋燭を立てた大きなケーキが食卓を飾った。
蝋燭の火を吹き消しながら、フォーサイス家の皆の思いやりにあふれた言動に、セレスティアは感謝してもしきれないと思った。
翌朝、セレスティアはウイキヌス王国へと旅立った。
同行するのはフレディーと、騎乗護衛の騎士二人。
ウイキヌスの王都まで十日かかる道のりを、セレスティアはまだ見ぬ父親を思い描いて馬車に揺られていた。




