67話 診療所
医療チームの仕事は定期的に農村地域を巡回しているが毎日というわけではなく、巡回がない日はディクスとカトレッタは診療所で一般の患者を診ている。
セレスティアも看護師として診療所で働かせてもらうことにした。
ディクスは外科医としての腕が良く、緊急で運ばれて来る患者への手際のよい処置には目を瞠るものがあった。
骨折した際の添え木の当て方、包帯の巻き方、脱臼した時の骨の継ぎ方、大きく切れてしまった傷の縫合など、セレスティアは生まれて初めて見る処置が多く、その一つ一つが大きな勉強になる。
さらにこの診療所に、セレスティアの薬草の知識が加わることによって、ますます腕の良い診療所だと評判になっていった。
休日は三人で森や林に出かけ、セレスティアが効能や使用方法などの講義をしながら薬草を摘んでいく。
セレスティアが摘む薬草の種類は町の薬屋よりも多く、患者の症状に合わせて、より効き目の良い処方ができるので、病気が早く治ったと患者にも喜んでもらえた。
セレスティアがフォーサイス領で暮らすようになって三ケ月が過ぎたある日、それまで静かに患者を診ていた診療所が、急に慌ただしくなった。
「緊急だ! 急いで!」
大声で叫ぶ男たちによって、男性患者が運び込まれた。
担架で運ばれて来た患者の右腕の肘から下はなく、そこから大量の血が流れ出ている。
「たいへんです。魔獣が出て住人に被害が出ました。この人は腕を食われました。騎士たちが討伐に向かいましたが、被害はまだ広がりそうです」
「わかった。新たな患者が出たらすぐに運んでくれ」
ディクスは診療所で働いている使用人たちを呼んだ。
「今から結紮手術をするから、患者が暴れないように押さえつけてくれ」
ディクスは素早くアルコールで消毒を済ませると、器具を使って血管を引っ張り出し、糸で器用に結んでいく。
数本結んだ後、「後は包帯を頼む」とカトレッタとセレスティアに任せた。
二人は互いに協力し合って包帯を巻く。
しかしその後も患者は次々と運び込まれ、診療所は身体の一部が失われた者、背中や腹に大きな傷を受けた者たちで溢れかえった。
ディクスは黙々と患者の傷の処置をし、カトレッタとセレスティアは薬を塗り包帯を巻いていく。
すべての患者の処置が終わったときは、陽がとっぷりと暮れていた。
診療所にフレディーが報告に来た。
「診療所の皆さん、ありがとうございました。現れた魔獣は五体、四体は討伐しましたが一体取り逃がし、くまなく探したのですがどこにも見当たりません。忽然と消えてしまったという感じです。パトロールはこれからも続けますが、皆さんも十分に気をつけてください」
フレディーの報告を聞きながら、セレスティアは森で襲われた魔獣のことを思い出していた。
黒く大きな魔獣はそれはそれは恐ろしく、もしもエルヴィンが助けに来てくれなかったら、あのとき命を失っていただろう。
もしかしたら手足を食いちぎられていたかもしれない。
想像するだけでブルッと身体が震える。
今日運び込まれて来た患者たちは、どれほど恐ろしい思いをしたのだろうかと思うと胸が痛んだ。
フレディーが診療所を出た後、セレスティアはディクスに問うた。
「今までに魔獣の被害が出たことはあったのですか?」
「農村部に現れて家畜に被害が出たことあったのだが、町に現れたのは、俺が知る限りでは初めてだ」
「あの、ディクスさんの手術を見て驚いたのですが、このような手術はどこで覚えたのですか?」
セレスティアは薬草について調べるために、医療ついて書かれている本もよく読んでいた。
腕が切断された場合は、焼きゴテで焼いて出血を止めると書かれていたのだが、ディクスの手術はまったく知らない方法であった。
「俺が若かった頃、王都の病院に勤めていたんだが、そこで魔獣騒ぎがあったんだ。いきなり現れた魔獣に多くの人が襲われて、腕や足を食われた者が病院に運び込まれてきた。しかし焼きゴテが間に合わず、失血死してしまう人が多かった。それから俺はいろいろ調べたんだが、遠い異国の地では血管を縛って血を止める方法があるって言うんで勉強しに行ってきたんだ」
「それでこのような技術を。素晴らしい技術をお持ちなのに、王都で働こうとはおもわなかったのですか?」
「ああ、ここの領主の夫とは友人でね。領民のために無料の巡回検診をしたいって言うからこっちにきたのさ。お代はアイツが出すっていうから、その心意気に惚れてね」
「そうだったのですね。あの…、不躾なお願いだとはわかっているのですが、よろしければ、わたくしにもディクスさんの技術を教えていただけないでしょうか?」
セレスティアは真剣な目でディクスを見つめた。




