64話 シモンズ家の執事
執事は、額に滲む汗をハンカチで拭き拭き、まるでセリフを棒読みでもしているような口調で話し出した。
「先日はシモンズ家の使用人が大変お世話になりありがとうございました。お蔭様で彼らの葬儀は滞りなく終わりました。それから、伯爵様の奥様になられたセレスティア様のことですが、こちらでも捜索をいたしまして、盗賊のアジトを見つけました。しかし盗賊はそこにはおらず、たいへん残念なことなのですが、アジトに残された奥様は既にお亡くなりになっておりました。ですから、今後奥様の捜索は打ち切っていただいて結構です」
「…あ、あの……」
あまりの衝撃に一瞬言葉を失ったシンディーであったが、やっとの思いで言葉を発する。
「はい。なんでしょうか?」
「お、奥様がお亡くなりになっていたと言うのは本当でしょうか?」
「はい。伯爵様もお顔を見て確認しております。すでに密葬を終え、今は墓石の下で眠っておられます。死亡届も提出済みでございます」
「し、死亡届まで!?……そ、そうなんですね。こ、この度は誠にご愁傷様でございます。心からお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。つきましては、こたびの件のお礼を差し上げたく、失礼ながらこちらを持ってまいりました。どうぞお納めくださいませ」
執事は金貨がずっしり入った皮袋を差し出した。
「いえ、そのようなものは……」
断ろうとしたシンディーであったが、執事は絶対に譲らないという主張を込めた目でシンディーを見つめる。
「絶対に受け取っていただくようにと、ご主人様からのご命令でございます。先ほども申しましたが、今後一切奥様の捜索はしないでください。よろしいですね」
「わ、わかりました。それではシモンズ伯爵によろしくお伝えください」
結局シンディーが折れた。
執事が帰ってから、人払いをした執務室で緊急会議が始まった。
出席者は、シンディーの家族と騎士団長フェクトスと、セレスティア。
「たいへんなことになったわ。セレスティアが死んだことになりました」
シンディーからこの件を初めて聞いた皆は、ギョッとした顔をする。
「行方不明じゃなくて、どうして死んだことに?」
フレディーが疑問を口にする。
「婚姻届は既に提出しているから、行方不明だと離婚するのが大変でしょう? 死亡届を出せば、すぐにでも再婚できるじゃない」
「なるほど」
「密葬だと言ってたから、おそらく葬儀には誰も呼ばず、棺には石でも入れてたんじゃないかしら。葬儀屋をごまかすためにね」
「これ以上探すなと金を置いていった。なんだかバカにされたような気がして腹が立ったが、我慢するしかなかった」
フェクトスが、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「よく我慢したわね。ところでセレスティア、今なら間違いだったと、死亡届を取り下げることができるわ。あなたの気持ちはどう?」
皆が一斉にセレスティアに注目する。
「わたくしも驚きましたが、わたくしが生きていることを伝えてしまうと、フォーサイス家が虚偽の報告をした罪に問われてしまいます。わたくしの我がままから始まったことですのに、皆様にご迷惑をかけたくはございません。それに、このお話を聞き、シモンズ伯爵に嫁がないで良かったと心から思いました。攫われたのではないと知られれば嫁がなくてはなりません。ですが、死んだことになっているのなら、身分を明かさずに生きて行けば良いこと。ですからわたくしは、このままで大丈夫です」
「そうかそうか、セレスティア、お前のことは最後まで私が責任を持つから、何も心配せずに、ここで生きて行けばいい」
最後に祖父アウビスの言葉に皆が頷き、緊急会議は終わりを告げた。
翌日からセレスティアは自由に動けることになった。
既に死んだことになっているセレスティアをシモンズ伯爵が探すことはなく、きっと今頃、新しい妻を娶るために若い娘を物色していることだろう。
そういうわけで、セレスティアは早速フレディーに町に連れて行ってもらった。
町に溶け込むように、服装は庶民と同じにした。
セレスティアの水色の髪が目立たないように、バンダナで覆って隠した。
町は活気があり、行きかう人々の顔は明るい。
フォーサイス領主の経営が上手くいっている証なのだろうとセレスティアは思った。
二人が店を見ながら歩いていると、男の子が走りながら前を横切ったのだが、何かに躓いたのかバタンと激しく転んでしまった。
「ウエーンウエーン」
泣き出す男の子に駆け寄ったセレスティアは、転んだ男の子の手をとり立たせた。
「ぼうや、大丈夫?」
だが、男の子は泣き止まず、見ると膝小僧から血が出ている。
「まあたいへん。フレディー、傷を洗いたいのですが、どこかに水はありますか?」
「ああ、それならこの水を使ってください」
フレディーは腰にぶら下げていた水筒を渡す。
「まあ、ありがとう」
セレスティアは男の子の傷口についた泥を器用に洗い流すと、持っていたハンカチで押さえ、ポケットから取り出した傷薬をスリスリと塗った。
「ほら、もう大丈夫よ」
にっこりと男の子に笑いかけた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
男の子は泣き止んで離れていったが、フレディーは、いたく感心したようであった。
「すごく手馴れていて驚きました。それに傷薬を持ち歩いているなんて、これにもびっくりです」
「ふふふっ、わたくし、傷の手当はいつも自分でしていましたの。それに、薬草の知識は豊富ですのよ」
「ええっ、貴族令嬢なのに?」
「貴族令嬢と言っても、いろいろありますもの。わたくしはしょっちゅう森に入って薬草を摘んでいたのです」
「それはすごい! あ、それなら一つお願いがあります!」
フレディーの顔が、ぱあっと輝いた。




