62話 エマーソン伯爵の執着
授業が終わって夕方になっても、クレアは学生寮に戻って来なかった。
連絡もなしに夕飯に遅れるなんてことは、今までに一度もなかった。
ネッドがいるなら、夢中になって時間を忘れるってことも考えられるが、ネッドは国に帰っているのでここにはいない。
心配になって、クレアと仲の良い友人に聞きに行った。
ちょうど彼女は寮の食堂で夕飯を食べている最中だった。
「ねえ、クレアが戻って来ないのだけど、何か知らない?」
「ああ、クレアなら、放課後まで一緒にいたけど、彼女は用事で外に出たわよ」
「何の用事かわかるかしら?」
「身なりの良い弁護士だって人が来て、エマーソン伯爵に頼まれていた書類ができたのでご確認くださいって言ってたわ。馬車に置いてあるって。そしたらクレアは嬉しそうについて行ったの」
その話を聞いたシンディーは真っ青になった。
エマーソン伯爵が婚約解消にやけにあっさり応じたのは……、私たちを油断させるつもりだった!?
初めから婚約を解消する気なんてなかったんだ!
翌日、シンディーはフォーサイスにいる両親に報せに行った。
片道三日もかかる距離が恨めしい。
両親もその話を聞き、驚きと怒りに震えた。
父親とシンディーが急いでエマーソン伯爵が住む屋敷へと馬車を走らせたが、屋敷の中に入れてもらえず、クレアに会うこともできなかった。
出てきたのは、弁護士と名乗る男である。
「奥様は、正式にエマーソン伯爵の妻となりました。婚約届は約二年前に貴族院と神殿に提出しており、婚姻届も六月十日にその二か所に提出いたしました。法的になんら問題なく二人は夫婦になられたのです」
「しかし、伯爵は私が借りた金を返すことで、婚約の解消を承諾してくれたのですよ」
「それはおかしいですね。エマーソン伯爵は、あなた様に金など貸しておりません。親戚となるあなた様のために、善意で借金を肩代わりされたのです。お嬢様を借金のカタのようにおっしゃるなんて、あなた様の方がよっぽど酷いと思いませんか?」
「しかし……」
「あなた様は金を返す必要はございませんし、何度も申し上げますが、この婚姻は法的になんら問題はございません。ですからお引き取りを」
それだけ言って男は屋敷の中に入り、固く閉ざされた扉の外で父親とシンディーは呆然と立ち尽くした。
結局それ以上どうすることもできなくて、二人は渋々帰ることになってしまった。
その後、手紙を出しても返事はもらえず、会いに行っても中に入れてもらえず、使用人に金を払ってクレアの情報を聞こうとしても、皆逃げるように去って行くので、結局何もわからずじまいになってしまった。
ネッドが戻って来た際にクレアのことを話したら、すごく怒って取り戻しに行くと言ってくれたけれど、彼の父親からストップがかかった。
「他人の妻になってしまった女を、奪うことは許されない」と言われたのだ。
「クレアが連れ去られてから十七年間、彼女を忘れた日など一日もなかったわ。エマーソン伯爵が再婚したって聞いたから、クレアは亡くなったのだろうと思ったけれど、私たちにはそれさえも知らされなかったのよ」
話し終わったシンディーは、大きく息を吐いた。
話しながら湧き上がって来た怒りと悲しみで目が潤んでいる。
「教えてくださりありがとうございました。お蔭様でいろいろ疑問に思っていたことの理由がわかりました」
セレスティアは、ほっとしたと同時に、新たな事実に衝撃を受けていた。
母は不義をはたらいたのではなく、きちんと道筋を通してから愛する人と結ばれたのだ。
しかし、父親にしてみたら、金で買った母が心変わりしたことが許せなかったのだろう。
それにしても、自分の本当の父親が隣国の王太子だったとは……。
だけれど、これが事実だったとしても、今さらそれが何になるのだろう?
「あなたはネッドとクレアの子なのね。瞳の色がネッドと同じだわ。それに目元がよく似ている」
「ってことは母上、セレスティア嬢はウイキヌス王国の王女ってことだよね」
フレディーの口調が少し興奮気味である。
「ええ、そう言うことになるわね。クレアがネッドと結婚していたら、今頃王城で暮らしていたはずよ。でも、現実はそうじゃない。セレスティアはシモンズ伯爵の妻になるのよ。いくら金持ちだって、あんな人となんて……」
「あ、あの……、わたくしを盗賊に攫われたってことにしていただけませんか?」
セレスティアの目は真剣だった。




