60話 クレアの苦悩
「シンディー、私、ネッドのことが好きなの。エマーソン伯爵には悪いことをしているってわかっているの。でも、この想いに蓋をすることなんてできない。」
年が明け、まだ冬の寒さが残る春の日に、クレアは涙を零しながらシンディーに苦しい胸の内を打ち明けた。
「あなたの気持ちはわかるけど、婚約を解消するのは難しいと思うわ。ネッドはどう言ってるの?」
「ネッドも私のことを好きだって。愛しているって言ってくれたわ」
涙ながらに愛を語るクレアに、シンディーは大きなため息をついた。
「で、二人はどうするつもりなの?」
「今ね、ネッドは国に帰ってるの。これからのことを両親に相談して来るって」
「相談ねぇ。エマーソン伯爵がフォーサイス領の負債を肩代わりしてくれたって、彼は知ってるの?」
「ええ。話したわ。そのことも含めて相談して来るんだって」
春の暖かさが心地よく感じられるようになったころ、ネッドは戻って来た。
ネッドとクレアは、二人で話し合った結果をフォーサイスにいる両親に伝えたい、その場に次期領主であるシンディーにもいてもらいたいと真剣な顔で言った。
いつもおとなしいクレアが思いつめたような顔をしているから、きっと何かあるのだろうとは思っていたのだが、その内容はシンディーが想像もしていないことだった。
フォーサイス領の城で、両親、シンディー、クレア、ネッドの五人が顔を合わせた。
ネッドが今まで黙っていて申し訳なかったと謝罪した後に、真実を話し出す。
「私は子爵家の息子ではありません。ウイキヌス王国の王太子なのです。正式な名前はエドマンド・ウイキヌス、ネッドは子どもの頃からの愛称なのです。この国に来て、私はクレアという心から愛せる人に出会えました。私はクレアと結婚したいと思っています」
「あ、あなたは隣国の王太子殿下だったのですか? クレアからあなたのことを聞いていましたが、まさか王太子殿下だったとは……。いや、このような不敬な態度、申し訳ございません。」
父親が額に滲む冷汗を拭いながら頭を下げた。
母親もシンディーも口にこそ出さなかったが、驚きで目をぱちくりしている。
「いえ、驚かれるのも無理はない。どうぞ顔をお上げください」
「あの、ですがクレアに婚約者がいることはご存じですよね。彼が負債を立て替えてくれたことも」
父親はクレアと婚約者の関係を確認したが、彼の心配はもっともなことである。
「はい。わかっています。その金額も調べました。私には投資で稼いだ個人資産があり、これは私が自由に使って良い資産なのです。エマーソン伯爵が立て替えた全額に、慰謝料も加えて返そうと思っています」
「な、何と、そんなことが可能なのですか?」
「はい。私は、エマーソン伯爵がクレアを金で買ったような扱いをしていることが許せません。彼女はもっと愛されて慈しまれるべき存在なのに。彼には彼女と結婚する資格なんてありません」
「そのように言っていただけるとは。殿下、ありがとうございます。」
「ただ、一つだけ確認したいことが。これを聞くと、ご家族は気分を害するかもしれません。実は、私には正妃となる婚約者がいます。彼女は正妃となるべくして今まで努力してきた人なのです。私は彼女を退けることなどできません。ですからクレアには側妃になってもらいたいとお願いしたのです」
「そ、側妃ですって?」
これにはシンディーが激しく反応した。
「クレア、側妃だなんて、あなたそれでもいいの?」
「初めてその話を聞いた時は驚きました。けれども、ネッドと結婚できるのなら、私は側妃でもいいのです。それほど私はネッドを愛しているのです」
クレアの決心はとても固いものだった。
もう誰が何を言っても覆ることはないだろうと思われた。
「わかった。クレアや。エマーソン伯爵に手紙を出そう。そして婚約解消できるように話してみよう」
「あの、もしも婚約解消に難色を示すようでしたらご連絡ください。私の方でなんとかしますので」
ネッドの王族という身分が、皆にはとても心強く感じられた。




