59話 ネッドとクレア
男子学生が、一人で校庭を不安そうにうろうろしていた。
ネクタイの色が紺だから三年生なのに何故?
クレアはきっと何か困っているのだろうと思って近づいた。
アカデミーの制服は、リボンとネクタイの色で学年がわかるようになっている。
一年生が赤、二年生が緑、三年生が紺である。
「あの、何かお探しですか?」
「あの、実は図書館に行きたいのですが、場所がわからなくて」
「もしかしたら留学生の方ですか?」
「はい。そうなんです。名前はネッド・キヌスと申します」
「私の名前はクレア・フォーサイスです。よろしかったら図書館にご案内しますよ」
二人は図書館に行きがてら、軽い自己紹介をしながら歩いた。
ネッドは自分が子爵家の息子で、今年一年限りの交換留学生であることなど。
クレアは自分が伯爵家の娘で、双子の姉がいることなど。
翌日、クレアとシンディーが学食で昼食をとっていると、ネッドが現れて料理を載せたトレーを持ってキョロキョロしているのを見つけた。
ネッドはクレアを見つけて、ぱあっと明るい顔になる。
「クレア嬢、ここでもお会いできましたね。隣に座ってもよろしいですか?」
「はい、どうぞお座りになってください」
「ありがとう」
ネッドはウキウキと喜んで座った。
「昨日はありがとうございました。お蔭で助かりましたよ」
「いえ、大したことはしておりませんわ。ネッドさん」
「あっ、私のことはネッドとお呼びください」
「あら、では私のことはクレアでよろしいですわ」
二人はとても楽しそうにおしゃべりをしているのだが、シンディーは複雑な思いで見ていた。
それからも時々ではあったが、二人は一緒におしゃべりをする機会が増え、徐々に友情を深めていった。
秋の王家主催の舞踏会の日になった。
昨年の舞踏会で、クレアはエマーソン伯爵に見初められ婚約するに至ったのだが、あれ以来なしのつぶてで、今年の舞踏会もエスコートなしの参加になってしまった。
もしかしたら来ているかもと淡い期待を抱いていたが、結局それは虚しい期待に終わる。
シンディーは婚約者と一緒に参加していたので、クレアは二人と一緒に行動していた。
「クレア、一人なの?」
声をかけてきたのはネッドだった。
彼のそばには女性の姿はない。
「あら、ネッドも一人?」
「ああ。留学してきたばかりで、誘う女性がいなくてね。クレアも一人だなんて意外だな」
「あの、ネッド」
二人の会話を聞いていたシンディーが口を挟んだ。
「クレアには婚約者がいます。彼が誘ってくれなかったから一人なだけで、決して相手がいないわけではないのよ」
「えっ? 婚約者がいるの? そうだよね。君みたいに美しい女性を世の男が放って置くわけないよね。それにしてもどうしてその男は来ないんだ?」
「きっとお仕事が忙しいのだと思います」
クレアは自信なさげに婚約者をかばう。
「でもねぇ。婚約してからずっと放置なのよ。ほんとに頭に来ちゃう!」
クレアよりもシンディーの方がよっぽど辛辣である。
「放置って?」
「手紙も寄こさないんだから。クレアは何度も書いたのに無視よ、無視。ひどい話でしょう?」
「確かに酷い男だな。ねえ、クレア、今日はそんな男のことは忘れて、俺と踊ろうよ」
「で、でも……」
「いいじゃない、ダンスぐらい。放置するエマーソン伯爵が悪いんだもの」
「そうだよ。せっかく舞踏会に来たんだから、楽しく過ごそう」
「は、はい」
二人に押し切られるように、クレアはダンスを承諾した。
クレアはネッドに手を取られ、ホール中央へと歩み出る。
シンディーはほっとして自分の婚約者の手をとり、同じくホールへ。
他のペアたちも、手を取り合って曲が始まるのを待っている。
音楽が鳴り始めると、皆が一斉にダンスを踊りだした。
ネッドとクレアも、音楽に合わせて軽やかに踊った。
この日を境に、ネッドとクレアの距離が急速に縮まった。
婚約者がいると言っても、放置され顔も思い出せないほど会っていない相手よりも、すぐそばにいる優しい男性に心惹かれるのは自然な成り行きなのだろう。
だが、クレアの婚約はただの口約束ではない。
きちんと婚約届を神殿と貴族院の二か所に提出している法的に認められた契約なのである。
他に好きな人ができたからと言って、おいそれと婚約破棄ができるものではなかった。




