58話 舞踏会での出会い
エマーソン伯爵は当時32歳。16歳のクレアにとって、年の離れ過ぎた男性であったので、結婚対象になるとは思ってもいなかった。
ダンスを申し込まれて一緒に踊り、その後少しおしゃべりをしただけの相手である。
ただ、個人的なことをいろいろ聞かれたので、ずいぶんと自分に興味を持ってくれているとは感じていた。
その後しばらくたってから、領地にいる父親からすぐに戻ってくるようにと連絡が入る。
クレアに縁談が来たから話し合いたいというのが理由である。
心配したシンディーも一緒に領地に戻り、父の話を聞いた。
縁談の申し込みをしてきたのは、一ケ月前に王家主催の舞踏会でダンスをしたエマーソン伯爵。
16歳も年上で、あまりにも年が離れ過ぎている。
けれども、フォーサイス家が抱えている負債をすべて肩代わりしようという好条件を出してきたのである。
フォーサイス領は農産物を主軸とした領地経営をしているが、ここ三年ほど農作物に疫病が発生したことと天候不順により経営が悪化、領民を守るために多額の借金を抱えることになってしまった。
「クレア、お前が望まぬのなら、この縁談は断っていいのだよ」
父親は優しくそう言ってくれたが、クレアは家門のためにその縁談を受けようと思った。
来年の農作物だってどうなるのかわからない。
これ以上借金が増えることは絶対に避けたいと思った。
「私はお受けしてもかまいませんわ。ですが、お返事はエマーソン伯爵にお会いしてからにしたいと思います」
エマーソン伯爵が住んでいるリンドン領はフォーサイス領と隣接している。
手紙を出すと、すぐに会いに行くと返事が来た。
フォーサイス城で再会したエマーソン伯爵は物腰が柔らかく、とても紳士に見えた。
「舞踏会でクレア嬢に一目惚れをしたのです。結婚していただけるのなら、お知らせした通り、現在抱えている負債を私が肩代わりいたしましょう」
話し方もとても優しく、クレアには彼がとても良い人だと思えた。
「あの、私は今、アカデミーの二年生になったばかりで、できれば卒業するまで勉強を続けたいのですが」
「ああ、それなら待ちますよ。本当ならすぐにでも結婚式を挙げたい思いなのですが、クレア嬢の願いなら聞きましょう。」
「本当ですか? ありがとうございます」
「ただ、卒業まで、まだ二年もありますから、婚約届を提出しておきたいのですがよろしいですか?」
「はい。それでしたら私はかまいませんわ」
エマーソン伯爵は、神殿用と貴族院用の二種類の婚約届を用意していた。
シンディーは、ずいぶん用意周到だと若干引いてしまったが、年の差を気にしているからなのだろうと納得することにした。
クレアはその場でサインし、二人は晴れて婚約者となったのである。
ところがあれほど結婚に対して前向きだったエマーソン伯爵であったのに、婚約してからはクレアを放置した。
約束を守ってくれたからフォーサイス家の負債はなくなったのだが、金だけ払って婚約者らしいことは全くしてくれなかったのである。
「私の婚約者なんて朴念仁だと思ってたけど、エマーソン伯爵に比べるとずいぶんとマシだわ」
シンディーが呆れてしまうほど、クレアはほったらかしにされていた。
誕生日には花束を贈る、舞踏会に一緒に行こうと誘う、休日にはデートに誘い二人だけの時間を過ごす……
婚約者なら、結婚するまでにいろいろできることがあるだろう。
だが、エマーソン伯爵は、手紙すら寄こさなかった。
「まるで釣った魚には餌をやらないって言うのを、地でやってるみたいだわ」
シンディーは大いに憤慨していた。
「きっとお仕事で忙しいのよ」
クレアは婚約者をかばってはいたが、半ば諦めていた。
季節は廻り秋が来て、二人は三年生になった。
そこには、クレアの心を揺さぶる運命とも言える出会いが待っていた。




