55話 絶対絶命
盗賊の数は、ぱっと見ても十人はいる。
剣を片手に馬に乗り、罵声を浴びせながらすぐそこまで迫っていた。
セレスティアは咄嗟にカーテンを閉め、身を伏せる。
こちらの護衛はたった二人。
キンキンと高い金属音と、男たちの口汚く罵る声が聞こえる。
「ギャハハハハ」
「弱っちいヤツらだな」
「お前らの命はもらった!」
肉が切り割かれる鈍い音と共に、断末魔の叫び声が聞こえる。
その後、馬車の御者台は乗っ取られ、馬車はゆっくりと止まった。
「おい、開けろ!出てこい!」
ドンドンと激しくたたかれるドア、ドアの外には下品に笑い声をあげている男たち。
「開けないならたたき壊そうぜ」
バンバンドンドンとドアを壊そうとする音が鳴り響く馬車の中で、セレスティアは身を伏せたまま震えていた。
わたくしは、もうすぐ馬車から無様に引きずり出される。
そして男たちに凌辱され、弄ばれた後にきっと売られるのだ。
そう思った瞬間、ふとフローレンスの言葉が脳裏を過った。
『馬車から降りるところから戦いは始まっているのです。無様な降り方をしてしまえば、皆様はあなたのことを呆れた目で見ることになるでしょう。ですが、美しい所作で降りれば、それは賞賛に変わります』
『あなたが罰を受けたくないのなら、どうすれば罰を受けなくて済むようになるのか、頭を使うのです』
不思議なことに、フローレンスの言葉を思い出しただけで震えが止まった。
頭がスッと冷静になり、どうすれば良いのか考える余裕ができた。
何をしたって男たちにひどい目に遭わされるのなら、最後まで自分らしくあがきたい。
わたくしはわたくしらしく……。
ドアが今にも壊れそうだ。
もう、限界みたい。
セレスティアはすくっと立ち上がり、ドアに向かって毅然とした声で叫んだ。
「今からドアを開けます。邪魔をしないでください」
「はあ? なんだ?」
「開けるってよ」
盗賊たちの間抜けな声が聞こえたが、ドアを叩くのを止めて静かになった。
セレスティアはカギを開け、ドアを開く。
そして背筋を伸ばして、凛とした立ち姿を盗賊たちに見せた。
顔には微笑みの仮面をつけて。
盗賊たちは、目の前に現れた白いドレスにショールをまとったセレスティアの美しく気高い姿に圧倒されたのか、一瞬呆けた顔をする。
「そこのあなた、エスコートを」
セレスティアは、ドアに近い男に視線を合わせて手を差し出す。
「へっ? へ、へい」
まるで魔法にかかったように、男は差し出された手に自分の手を添えた。
「ありがとう」
セレスティアは目の前にいる男たちに怯むことなく、前を見て美しい足取りで一歩一歩と階段を下りる。
地面に両足をつけて身体が安定すると手を離し、思いっきり胸に息を吸い込んだ。
そして大声で叫んだ。
「キャアアアアアアアア――、誰か、助けて―――――」
今まで生きてきた中で、一番大きな声をお腹の底から絞り出した。
「お前、何しやがる!」
その声にギョッとした男が、セレスティアを睨みつけ、慌ててセレスティアの腕を引っ張り、その拍子にセレスティアは地面に引き倒された。
地面に這いつくばるセレスティアを、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべる男たちが囲む。
もはや、ここまで?
と思ったのだが、「ギャッ」と声を上げた男が前のめりに倒れた。
ドサッとセレスティアのすぐ横に倒れ込んだその男の背中には、一本の矢が刺さっている。
「なんだ? 何が起こった?」
確認する間もなくまた一人、矢に射抜かれて倒れた。
矢が飛んで来た方を振り向くと、騎士団が盗賊めがけて馬で突進して来る。
ドドドドドと馬の駆ける音と土煙を見て、盗賊たちは慌てて逃げ出した。
しかし、騎士たちの弓矢も剣の腕も盗賊よりも強く、結局全員が騎士団に制圧された。
一部始終を地面に這いつくばりながら見ていたセレスティアは、ようやく危機を脱出できたことに安堵した。
セレスティアが大声で叫んだことは賭けだった。
少し前に立ち寄った休憩所で、客どうしが話している声が聞こえた。
「最近盗賊が出たから、騎士団がパトロールしているらしい」
もしかしたら、近くに騎士団がいるかもしれない。
大声で叫んだら助けに来てくれるかもしれない。
だから叫んだ。
セレスティアは賭けに勝ったのだ。
「ご令嬢、お怪我はありませんか?」
若い騎士がセレスティアに手を差し出した。
「あなたの叫び声が聞こえたので、急いで助けに来たのです」
「ありがとうございます。お蔭で助かりました」
セレスティアは騎士の手をとり立ち上がる。
だがその騎士は、セレスティアの顔を見てすごく驚いたような顔をした。
「あ、あなたは……?」




