54話 男女のこと
ナタリーは過去の辛い思い出を語り始めた。
ナタリーは若い頃、子爵家の令息と恋をした。
結婚すると信じて彼に身体を許した仲だったのだが、子爵令息はナタリーを捨て、伯爵令嬢と結婚したのである。
子どもができたと話しても、それは自分の子ではないと認めてもらえず、さっさと遠い伯爵令嬢の領地へと移住してしまった。
残されたナタリーは結婚もできず、両親の家でメリンダを産んだ。
しかし、メリンダが5歳になる直前に、どこで聞きつけたのかエマーソン伯爵から縁談を申し込まれた。
子どもと一緒にという好条件に、ナタリーは喜んで応じたのである。
「お父様は、本当のお父様ではなかったのね」
ナタリーから真実を聞かされて、もっとショックを受けると思っていたのだが、メリンダは自分でも不思議なほど冷静だった。
ジョセフとの会話で、衝撃も怒りも経験済みだったからなのかもしれない。
「旦那様が私を選んだのは、あなたの緑の瞳のお陰だったみたい」
「私の瞳?」
「旦那様は体裁を重んじるお方だから、きっと同じ目をした子どもが欲しかったのよ。セレスティアは旦那様とは何もかも違っているでしょう?」
「お母様のお話はわかったけど、どうしてお父様は子持ちのお母様と結婚したかったの?」
「旦那様はご自分で口にしないけれど、きっと子どもができない体質なんだと思うわ。前の奥様との間に子どもはできなかったし、私との間にもできなかったもの。だから、同じ目の色をした子どもが欲しかったのよ」
メリンダが衝撃の事実に打ちのめされている頃、セレスティアは揺れる馬車の中で、到着後の自分の身に起こることを思い浮かべ、悶々としていた。
セレスティアは、メリンダや父親の前では強がっていても、見送りに来てくれた皆の前では笑顔でいても、本当は心中穏やかではいられなかった。
まるで娼婦が着るようなウエディングドレスを贈って来たシモンズ伯爵のことを考えると、ずしんと心が重くなる。
いったい自分に何を求めているのか、あからさま過ぎて辟易する。
五回目の結婚だから、式は挙げないと聞いている。
伯爵家に到着したら、挙式もせずに夜を迎えるのだ。
庭を案内した際に、手をなでられてぞわっとした感触を思い出す。
あの肉厚のじっとりとした手が、今夜自分の身体を這いまわるのかと思うと、身の毛がよだつ感覚を否めない。
セレスティアは、結婚後の男女の営みを知っている。
フローレンスが淑女教育の一環として、詳しく教えてくれたのだ。
セレスティアの置かれた立場を考えると、女性に必要なことを教えてくれる人は誰もいないだろうと、フローレンスは心配していた。
だから初潮が訪れる前に、その意味も対処の方法も教えてくれた。
お蔭でセレスティアは、初潮を迎えた際も冷静で、こっそりとケイトに話して慌てずに対処することができた。
もし知らなかったら、大病を患ったと思って嘆き悲しんだのではないかと思う。
14歳の誕生日を過ぎると、結婚についても教えてくれた。
子作りはどうするのかとか、男女が密室にいると言うことは何を意味するのかなど、セレスティアにとって初めて聞くことばかりで、衝撃的でとても恥ずかしくなる内容であったが、教えてもらって本当に良かったと思う。
フローレンスは言った。
「知っているのに知らないフリをするのは個人の自由ですが、まったくの無知は身を滅ぼしかねません」
昔、彼女の教え子の中に、ほんの些細な好奇心から一生消えない汚点を残した生徒がいた。
それを家門の恥とした両親が、彼女を遠い修道院へと送ったのだ。
男女のことを教えるのは母親で、自分の領域ではないと思っていたのだが、こんなことならきちんと教えてあげていれば良かったと後悔したのだそうだ。
フローレンスの指導のお陰で、セレスティアは幼い頃に思った疑問の答えを知ることになった。
セレスティアが物心ついた頃には、自室は母親の部屋から遠い場所にあった。
だけど彼女は母親と一緒に過ごしたくて、いつも母親の部屋にいた。
しかしエマーソン伯爵が母親の部屋にやって来ると、決まって彼女は自室に行くようにと追い出された。
それは昼も夜も同じことで、何故追い出されるのか、どうして一緒にいてはいけないのか? それがわからず疑問だった。
だけど、セレスティアがいなくなった部屋で何が行われていたのかがわかり、やっと腑に落ちたのである。
母親は伯爵が来るたびに、何故か諦めたような暗い顔をしていたのだが、同じことが自分の身に降りかかろうとしている今、母親の気持ちがわかるような気がする。
馬車は暗い森を抜け、開けた土地に出た。
セレスティアが窓の外が明るくなったと思ったとたん、馬車が急にスピードを上げた。
車輪のきしむ音とガタゴトと激しく揺れる振動が、何か異常が起きたのだと知らせている。
馬車の音に混じって男たちの罵声が聞こえてくる。
窓から外を見ると、盗賊らしき集団が馬車に迫ってきていた。




