52話 間に合わなかった
馬車ではなく馬に乗ってやって来たジョセフに、メリンダは目を丸くして驚いた。
それだけでなく、王都のアカデミーにいるはずのジョセフが、何故今ごろ来るのかわからない。
メリンダは急いで玄関先に出てジョセフを迎えた。
「ジョセフ様、どうしてここに?」
馬から降りたジョセフは、よほど急いできたのだろう。
息が上がって苦しそうな顔をしている。
「セレスティアは?」
開口一番の言葉がそれだった。
はあ? 何それ?
口にはしなくても、メリンダの顔一瞬が歪む。
「何故そんなことをお尋ねになるのですか?」
「セレスティアが結婚したと聞いた。もう出発したのか?」
ジョセフの言葉に焦りが滲み出ている。
「何故それを? お姉様の結婚が決まったのは四日前ですのに」
ここから王都までは馬車で三日、往復すれば六日はかかるはずである。
メリンダはジョセフのあまりの速さに訝しんだ。
「そんなことはどうでもいい。セレスティアはどこにいる?」
「お姉様は迎えの馬車に乗ってシモンズ伯爵領へと出発しましたわ。もう一時間ほど前のことです」
「そんな……、間に合わなかったのか」
ジョセフががっくりと肩を落とした。
「何故そんなに残念そうにするのです? お姉様の結婚なんですからお祝い事ではないですか?」
「君は本気で言っているのか? まあ、君からしたら祝い事か……。それにしても、こんなに早く嫁ぐとは。エマーソン伯爵は、よほど僕に邪魔されたくなかったのだな」
「えっ? 邪魔されたくなかったって、それってどう言う……」
「君は聞いてなかったのだな。僕はセレスティアに求婚したんだ」
「求婚ですって?」
初めて聞いた事実にメリンダは目を見張る。
「そ、そんな……、どうして?」
「僕は伴侶にするならセレスティアだと思っていた。彼女ほどスコット家に相応しい女性はいない。だがセレスティアには良い返事はもらえなかった。結婚相手は伯爵が決めるからと言ってね」
「そ、それは、そうですわね。ずっと前からお父様が決めることになっていましたから」
「だから父から伯爵に話を通してもらったんだ。それなのに、のらりくらりとはぐらかされて、そしてその結果がこれだ」
ジョセフは頭を抱えて、はあと大きなため息をつく。
「よりにもよって、悪い噂の絶えないシモンズ伯爵とは……」
「あ、あの、ジョセフ様、お姉様と結婚できなくなったのですから、私ではどうですか? 私もエマーソン伯爵家の娘ですわ」
「はあ? どうして君なんかと?」
「だってジョセフ様は、お姉様よりも私との時間を大切にしてくれていたではないですか?」
「それは、セレスティアと話すと、君が癇癪を起こして酷いことをするからだ。君は今までずっとセレスティアを虐めてきたじゃないか」
「わ、私は、お姉様を虐めてなんていませんわ」
「よくもそうぬけぬけと。僕がセレスティアと合奏をした日、君は彼女の大切な指輪を二階の窓から投げ捨てたのだろう?」
メリンダはギョッとしてジョセフを見つめた。
「ど、どうしてそれを? わかったわ。お姉様が告げ口したのね。やっぱりお姉様はずるい人なのだわ」
「ったく…。セレスティアが僕に家門の恥になるようなことを話すはずがないだろう? 君は本当にわかってない」
「じゃあ、どうして?」
「君がここに来た頃、わがまま言って多くの使用人をクビにしただろう? それで伯爵が僕の父に頼んだのだ。優秀な使用人を紹介して欲しいって。だから僕の屋敷で働いていた使用人を数人こちらに移したんだ。彼らは優秀で、僕のためによく働いてくれたよ。お蔭でこの屋敷のことは手に取るようにわかった」
メリンダはジョセフの言葉を聞き、ギクリとしたと同時に背中に冷汗がツーっと流れた。
「で、でも、お姉様は由緒正しいスコット家には相応しくありませんわ。お姉様はお父様の子どもではなかった。お姉様は母親の不義で生まれた私生児だったのですわ!」




