50話 堂々と
セレスティアはベッドで横になったまま、しばらくの間、何も考えることができなかった。
ぼーっと天井を見ていたのだが、不意に恩師フローレンスの最期の授業の言葉が浮かんで来た。
『これから先、どんな困難があなたを襲っても、どんな苦境に立たされても、どうか淑女としての矜持は忘れないでいてください。あなたはあなたらしく、堂々と胸を張って生きてください』
先生は、わたくしの未来を予想していたのかしら?
わたくしは、お父様の子ではなかった。
余りの冷たさと似ていない姿から、もしかしたらと思ったことはあったけれど、わたくしは心の中で否定していた。
あんなに優しいお母様が、お父様を裏切るなんて考えられなかったから。
だけど、本当はお母様の不義を認めたくなかっただけなのだわ。
お母様にだって、何か人に言えない事情があったのかもしれない。
でもこれは、わたくしにはどうすることもできないこと。
先生がおっしゃられたように、わたくしはわたくしらしく、堂々と胸を張って生きていけばいい。
お父さまに売られるように出て行くことはショックだったけれど、もともとわたくしはお父様の決めた相手と結婚するつもりだった。
お父さまはわたくしのことを憎んでたって言ってたけれど、考えようによっては、わたくしのことを、大金を払ってでも望んでくれる人を選んだってことだわ。
憎かったのなら妾として売ることもできただろうに、わたくしは正式な妻として結婚する。
きっとシモンズ伯爵は、わたくしのことを大切にしてくれるだろう。
それが数年だけのことかもしれないけれど、ここにいるよりもマシかもしれない。
今までメリンダに酷いことをされても、笑って過ごしてきたんだもの。
新しい場所に行っても、わたくしはわたくしの武器で戦うわ。
伯爵家の正妻として、堂々と胸を張って。
「お姉様~、お父様に聞いてきたんでしょ? どうだった?」
メリンダがノックもせずにいきなり部屋に入って来た。
嬉しそうに話す口調は、ものすごく意地悪く聞こえる。
セレスティアはベッドから降りて姿勢よく立ち上がり、微笑みの仮面を貼り付けた。
「メリンダ、いつも言っているでしょう? 部屋に無断で入ってはいけません」
「な、何よ。泣いているかと思って慰めてあげようと思って来たのに」
「わたくしは泣いてなんていませんよ。お父さまの決めた結婚相手が意外で驚きはしましたが、お父様の決定に従うつもりですわ」
「お姉様、わかってるの? 若い娘にしか興味のないジジイに売られたのよ」
「売られた? 確かに年の差はありますが、シモンズ伯爵は大金を差し出してまで、わたくしを正妻にと望んでくれたのです。おそらくわたくしは伯爵夫人として、ここにいるよりも贅沢をして暮らせると思いますわ」
「ななな、何よ? あなた頭おかしいんじゃない?」
冷静に話すセレスティアと、感情のままに喚くメリンダ、対照的な二人の会話の勝敗は目に見えていた。
「ふん、ばかばかしい!」
メリンダは捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。
セレスティアが嫁ぐ日は四日後と伝えられ、彼女は荷物の整理に忙しくなった。
ドレスや宝石の数は少なかったが、今まで勉強していた本や資料などの数は多い。
それらをトランクに詰めて、セレスティアは当日の朝を迎えた。
前日にはシモンズ伯爵家からの迎えの馬車が到着し、ウエディングドレスはセレスティアに手渡されていた。
「お嬢様、お着替えをお手伝いいたします」
ケイトとその娘ダイアナがセレスティアの部屋に入って来た。
普段はメリンダを恐れて服の着替えを手伝う使用人はいなかったが、今日は違った。
「わたくしの世話をして大丈夫なのかしら? 無理をしなくても良いのですよ」
「お嬢様、私も娘も何度もお嬢様のお世話になりました。今日くらいは手伝わせてくださいませ。」
「お嬢様のお薬のお陰で、私は死にそうになっていたのを助けられたのです。それなのにこんなことぐらいしかできなくて申し訳ございません」
「二人とも、どうもありがとう」
二人のお陰で滞りなくウエディングドレスを着ることができたのだが、いざ来てみると、やたらと胸の谷間を強調し、背中がざっくりと腰まで大きく開いたデザインだった。
シモンズ伯爵の趣味が、こんなところにも表れているのだろう。
このドレス姿で馬車に乗らなければならないの?
セレスティアは、鏡に映るドレス姿の自分を見てため息をついた。




