5話 メリンダのわがまま
「お嬢様、今日はどうしたのですか?」
「ふふっ、また追い出されたのですわ」
怒ることも悲しむこともせず、微笑を顔に貼り付けて、まるで他人事のようにセレスティアは言った。
「追い出されたって、そんなにしょっちゅう? あっ、立ち話もなんですから、どうぞお座りください」
エルヴィンに言われるままに、セレスティアは昨日と同じようにエルヴィンと向かい合って座った。
「お嬢様、今日は昨日と雰囲気がずいぶん違うような……、あっ、すみません」
エルヴィンが、顔を赤らめて頭を下げた。
「あら、この服装のことかしら? わたくし、ドレスは少ししか持っていませんの。昨日はお客様がいらっしゃったからきれいなドレスを着ましたけど、普段は汚れが目立たない服を着ているのですわ」
うつむくエルヴィンとは違って、セレスティアは微笑みを崩さず、堂々とした物言いである。
粗末な服装だからと言って、それを恥じるような素振りは見られなかった。
「お嬢様は、伯爵令嬢ですよね。どうしてそんなことに?」
「ああ、そうですね。これについてはエルヴィンにお話しておいた方がいいですわね」
セレスティアは、アメジスト色に輝く瞳に不自然な微笑みを張り付けた顔で、淡々と話し始めた。
メリンダとナタリーが屋敷に来て半年ほどたった頃、家庭教師の授業が終わったセレスティアは、自室に無断で入っているメリンダを見つけた。
メリンダはセレスティアのドレスを物色中だったようで、クローゼットから取り出されたドレスが、所狭しと床に広げられていた。
「メリンダ、勝手にわたくしの部屋に入ったらだめよ」
「あら、お姉様、こんなにたくさんのドレスをもっているのだから、私にくれたっていいでしょう?」
「今、わたくしはドレスの話をしているのでなないの。無断で部屋の中に入ることがいけないって言ってるのよ」
「家族なのに冷たいのね。私のお母様の身分が低いから、そんなことを言うんだわ」
「メリンダ、わたくしはそんなこと、思っていません」
メリンダとの会話は嚙みあわず、途方に暮れていると、日頃からセレスティアの世話をしているメイドのハンナが声をかけた。
ハンナは50歳を過ぎたベテランのメイドであり、エマーソン伯爵家で三十年間働いている。
セレスティアの母親が亡くなってからは、セレスティアのことを不憫に思い、母親代わりに世話をしていた。
「メリンダお嬢様、そのドレスはご主人様がセレスティアお嬢様のためにご用意したドレスでございます。メリンダお嬢様にも、きっとご主人様がたくさんドレスを買ってくださいますよ」
「ひどいわ! お姉様と一緒になって私をバカにして。あなたなんて許さないんだから!」
癇癪を起こしたメリンダは、泣きながら部屋を出て、すぐに母親ナタリーに泣きついた。
ナタリーはハンナを呼び出し、娘をバカにしたと言いがかりをつけて、ハンナを解雇したのである。
この話を聞いたセレスティアは、このままではいけないと、すぐに父親デイビットに解雇を止めてもらうように話しに行った。
「お父様、ハンナは優しく、とてもよく働いてくれるメイドです。決してメリンダをバカにしたわけではありません。ですから、解雇なんてしないでください」
必死の思いで訴えたのだが、デイビットの表情は冷たいものだった。
「使用人のことはナタリーに任せている。そんなことぐらいで私の手を煩わせるな」
「ですが、元はと言えば、初めに無断でわたくしの部屋に入ったメリンダに問題があるのですよ」
「セレスティア、何度も言わせるな。お前たち姉妹のことで、私を煩わせるのではない。話はもう終わりだ。出て行きなさい」
結局ハンナの解雇を止めることはできず、彼女は娘夫婦を頼って出て行くことになった。
セレスティアは、世話になったメイド一人すら助けることができず、己の無力さに打ちひしがれていたが、別れの日にはぐっと我慢して、ハンナに別れの挨拶をした。
セレスティアにできることと言ったら、自分の宝石の中から一番高価なものを選び、ハンナの手に持たせることだけである。
最後にハンナはセレスティアの手を握り、涙を流しながら「お嬢様、どうかお幸せになってください」と言い残して出て行った。
この件があってから、メリンダのセレスティアに対する勝手気ままな振る舞いは、ますます激しくなり、美しいドレスはほとんど奪われてしまった。
さらにメリンダは、メイドにセレスティアの身の回りの世話をすることを止めさせた。
ナタリーに泣きつけば、使用人を自分の思うままに動かせたのである。
理不尽な命令であったが、使用人たちは皆解雇されることを恐れて、メリンダに意見する者も、セレスティアをかばう者もいなかった。
セレスティアは、ドレスを着ることも、髪をとかすことも、顔を洗う水を用意することも、全て一人ですることになり屋敷内で孤立してしまったが、使用人を守るためには仕方がないことだと諦めていた。
唯一、目の届かない外で暮らしているベンジャミンだけが、セレスティアの話相手になってくれていたのである。
「だからね、エルヴィン、あなたもメリンダには逆らわないでくださいね。逆らったら、ここにいられなくなってしまいます」
セレスティアの話を黙って聞いていたエルヴィンであったが、頭の中は沸々と怒りが沸き上がっていた。




