4話 淑女教育
「メリンダが本心を隠せないのは、根性が足りないからですわ」
「えっ? 根性?」
すました顔で令嬢らしからぬ言葉を発したセレスティアを、エルヴィンは凝視してしまった。
そして、すぐにプッと吹き出してしまう。
「まさか、お嬢様がそんなことを言うとは思っていませんでした」
「あら、本当のことなのですわ。メリンダは、根性が足りないから、家庭教師の先生を変えてしまったのです」
セレスティアは、またもや吹き出したエルヴィンに、家庭教師の話を始めた。
メリンダが伯爵家に入った年は5歳であったが、父親のデイビットは、一つ年上のセレスティアと一緒に淑女教育を受けさせようと考えた。
そして厳しいと評判のフローレンス・ペレス子爵夫人に、家庭教師を依頼した。
フローレンスは当時40歳、金髪碧眼の整った面立ちをしており、切れ長の目が少し冷たいイメージを与える女性である。
しかし、いつもきちんと髪を結い上げ気品あふれた見た目と雰囲気は、周りの者を圧倒し他の追随を許さない品格がある。
子爵夫人で身分は伯爵家に劣るが、元は由緒正しい伯爵家の令嬢であり、若い頃から淑女の鏡と呼ばれていた。
子爵夫人となってからも、立ち居振る舞いからマナーに至るまで、どこを切り取っても、淑女中の淑女と呼ばれ、王女の教育を担当したこともある。
それが評判を呼び、今まで何人もの貴族家庭に頼まれて、家庭教師をしている。
ただし、教えることに熱心な彼女は、とても厳しいことでも有名であった。
週に一日、エマーソン伯爵邸に訪れては、淑女教育を施すことになったのだが、彼女は必ず宿題を出した。
初日に出した宿題は、この国の歴代の王の名前を覚えることだった。
セレスティアは、毎日必死になって覚えたが、メリンダはまったく覚えようとせず、セレスティアはとても心配していた。
なぜならフローレンスは、「覚えていなければ、必ず罰を与えます」と宣言していたからである。
一週間後、二回目の淑女教育の日が来た。
フローレンスは、最初に宿題ができたかどうかを確認する。
「セレスティア嬢、歴代の王の名前をおっしゃってください」
セレスティアは、一週間かけて覚えた王の名前を初代から順番に答え、現在の王の名前を言い終えた瞬間、心からほっとした。
「では、メリンダ嬢、次はあなたの番ですよ」
メリンダは口をへの字に曲げたまま、「うー」と唸るだけ。
「メリンダ嬢、あなたはまだ幼いのですから、すべてでなくてもよろしいのです。覚えている名前だけでもおっしゃってください」
「うー、……忘れました」
「それは、覚えたことを忘れたと言う意味ですか? それとも覚えることを忘れたという意味ですか?」
メリンダは、泣きそうな目でフローレンスを睨んだ。
「メリンダ嬢、約束通り、あなたに罰を与えなければなりません。両方の手のひらを差し出してください」
メリンダは、おずおずと手のひらをフローレンスの前に差し出す。
フローレンスは持っていたフェルールという細長い棒で、メリンダの手のひらをピシッとたたいた。
たたいたと言っても、ほんの少し赤くなる程度で傷がつくほどではない。
しかし、メリンダはたたかれたことが悔しかったのか怖かったのか、ワンワン泣き始めた。
「お母様~」
泣きながら母を呼ぶと、ナタリーが飛んで来た。
「お母様、棒でたたかれたの。私、この人嫌い」
泣きながらナタリーにしがみついて訴える。
「先生は、とても厳しい先生だと伺っておりましたが、私の娘には合わないようです。もう、メリンダには教えてくださらなくて結構です」
この一件から、フローレンスはセレスティアだけに教えることとなり、メリンダには別の教師が教えに来ることになった。
だがその新しい教師は、メリンダができてもできなくても「まあ、素晴らしいわ。よくできましたね」なんて褒めるものだから、メリンダは有頂天になるだけで、まったく淑女らしいマナーが身についていないのである。
「あら、そろそろお時間ですわ。わたくし、もう屋敷に戻ります。一緒にお話できて楽しかったですわ。また来てもよろしいかしら?」
「も、もちろんです」
「ありがとう。では、またお伺いしますね」
セレスティアは、いつものにこやかな微笑みを浮かべて部屋から出て行ったが、翌日の昼過ぎ、また訪ねてきた。
何故か服装が、昨日とは全く違っている。
まるで使用人が着るような飾り気のない地味なグレーのワンピース姿を、エルヴィンは驚いて見ていた。




