46話 最後の授業
フローレンスの青い瞳が、まっすぐにセレスティアを見据える。
セレスティアも、それに応えるようにアメジスト色の瞳でフローレンスを見つめた。
「セレスティア嬢、わたくしはあなたに、わたくしの持てるすべてをお伝えしました。あなたは厳しい指導に耐え、弱音を口にすることは一度もありませんでした。それはあなたの向上心と責任感の賜物でしょう。あなたはわたくしが受け持った生徒の中で、もっとも優秀な生徒でした。あなたが身につけた淑女のふるまいも教養もマナーも、すべてがあなたの武器となり、あなたを守ってくれるでしょう。これから先、どんな困難があなたを襲っても、どんな苦境に立たされても、どうか淑女としての矜持は忘れないでいてください。あなたはあなたらしく、堂々と胸を張って生きてください」
フローレンスの言葉を、セレスティアは一言も聞き逃さないように、言葉の意味を噛みしめながら聞いていた。
わたくしはわたくしらしく、堂々と胸を張って生きていくわ……
「先生、最後の授業、ありがとうございました」
「それではごきげんよう」
「先生の今までのご恩情、心より感謝申し上げます」
セレスティアは、心を込めた美しいカーテシーで最後の別れの挨拶をする。
それが引き金になったのか、ずっと我慢し続けていた涙が頬を伝いポロリと地面に落ちた。
それからは堰を切ったように涙が溢れだし、涙で視界が霞んでもセレスティアはまっすぐに前を向き、フローレンスを乗せた馬車が見えなくなるまで見送っていた。
春になりセレスティアは16歳になった。
胸のふくらみも腰の丸みも、そしてくびれた細いウエストも、彼女の女性らしい身体を余すことなく強調している。
そして妖精か女神かと思われても不思議のない美しい面立ち。
セレスティアが社交界デビューしていたら、男たちが放って置くことはなかっただろう。
本来なら殿方が毎日列をなして求婚しに来てもおかしくないはずなのだが、エマーソン伯爵はセレスティアを社交界に出すことは一度もなかった。
バラの花が咲き乱れ、庭が最も美しく映える日に、エマーソン伯爵はセレスティアを書斎に呼んだ。
珍しいこともあるものだと思い書斎に入ると、エマーソン伯爵はいつになく機嫌が良さそうである。
「お父様、何か御用でしょうか?」
「ああ、明日のことなのだが、シモンズ伯爵が来るのだが、お前に接待を頼みたい。私の大切な客なので決して粗相のないように」
機嫌が良いのはお客様が来るからなのね。
「はい。かしこまりました。接待はどのようにすればよろしいでしょうか?」
「一日そばにいて話相手になってくれたらよい。庭の案内も頼むぞ」
「かしこまりました」
自室に戻ったセレスティアは、早速貴族名鑑を取り出してシモンズ伯爵について調べた。
フローレンスの宿題で貴族の名前と繋がりをほとんど覚えているけれど、粗相があってはいけないからと、きちんと頭に叩き込んでおくことにした。
ロクプレー・シモンズ様、現在の年齢は49歳、お父様よりも一つ年下だわ。
シモンズ領の領主で、場所は隣接しているフォーサイス領を少し横切る位置だから、ここからだと馬車で四時間ほどかしら。
後継者はいるけれど、奥様はいない。死別とは書かれていないところを見ると、離婚されたのかしら?
セレスティアは他にもシモンズ領の特産品、有名な町などを確認して明日に備えた。
翌日、昼過ぎにシモンズ伯爵が到着した。
客が来る際は家族四人で迎えることが常であったが、この日はエマーソン伯爵とセレスティア二人だけで迎えることとなった。
ナタリーとメリンダは領都のブティックに予約を入れていたので、そちらを優先するようにとエマーソン伯爵が言ったからである。
馬車から降りたシモンズ伯爵は、でっぷりと太ったお腹のせいで上着のボタンがはち切れそうな茶髪に茶色い瞳の男である。
顔にも肉がついて風船のように丸い。
「シモンズ伯爵様、ようこそいらっしゃいました。わたくしは長女のセレスティアでございます」
セレスティアが美しいカーテシーで挨拶をする。
顔を上げるとシモンズ伯爵の視線とぶつかった。
しかしその目は、まるで何かを品定めしているような目つきに見えた。




