45話 妄想
王都を出て帰路についたナタリーとメリンダの母子は、馬車の中でご機嫌である。
今回の王都行きは、ナタリーが王都で流行っているオペラを見に行きたいと言い出したことがきっかけであった。
しかし王都までは馬車で三日もかかるからと二の足を踏んでいるところを、メリンダがぐいぐいと後押ししたのである。
「お母様、絶対に見に行くべきだわ。そして私も一緒に王都に連れて行って。王都に行ったらジョセフ様に会えるのよ。一石二鳥と言うものだわ」
「まあ、メリンダ、難しい言葉を知っているのね」
二人の間で話はどんどん進み、エマーソン伯爵が遠方に出張に行く日を狙って王都行きを決行した。
ナタリーは見たかったオペラに満足し、メリンダは王都のおしゃれなお店を満喫してジョセフにも会えた。
久しぶりに会ったジョセフは、背が高くなってもっともっと男前になっていた。
初めて見る制服姿は、他の誰よりも賢そうでカッコよく見えた。
メリンダはジョセフのことを思いだすと、自然に顔がにやけてくる。
ああ、ジョセフ様、やっぱりジョセフ様はカッコいいわ。
誰が見ても王子様みたい。
私、門をくぐった瞬間にわかったの。
アカデミーにいる男って、ジョセフ様と比べるとまるでジャガイモだったわ。
私が案内して欲しいって言ったら、時間がないのに引き受けてくれて、私と一緒に歩いてくれた。
ふふふっ、あの時の周りの皆の顔ったら。
すっごく羨ましそうに私を見てた。
躓いたふりして抱きついたら、助けてくれて「大丈夫ですか?」って心配してくれたわ。
そのまま腕に抱きついて歩いていても許してくれて。
あのとき私を睨んで来た女は、きっとジョセフ様のこと好きなんだわ。
おあいにく様、ジョセフ様は私のものよ。
もっと長く一緒にいたかったけど、昼休みの時間は短かった。
それに、よく考えたら、校庭でイチャイチャするのはまずかったみたい。
ジョセフ様ったら「ここはこんなふうに歩く場所じゃないんだ」って、恥ずかしかったのか、少しお顔が赤くなってたわ。
照れてるジョセフ様もとっても素敵!
校庭じゃなかったら、もっとイチャイチャできたのに。
ジョセフ様もそれが言いたかったのね。
あとは、お父様にアカデミー入学を許してもらうことね。
私はお姉さまと違って愛されているもの。
何をしたって許されるもの。
まあ、お姉様を突き飛ばしたことは怒られたけど、怒られたのはあのときだけだもの。
きっと大丈夫。お父様は私を許してくれるわ。
メリンダの妄想はいつまでも続いた。
年が明けた二月、底冷えのする冬の名残が続く寒空の下で、セレスティアは涙を堪えるのに必死になっていた。
恩師フローレンスとの別れの時が訪れたのである。
初めの約束で、セレスティアの指導を終えるのは15歳と決められていた。
だが、15歳の何月までかは決まっていなかったので、フローレンスはエマーソン伯爵が言い出すまで自分からは言及しないと言ってくれた。
フローレンスは自分の全てをセレスティアに伝授したいと、毎週愛のある厳しい指導を重ねていたのだが、とうとう16歳になる前の二月を最後にすると、エマーソン伯爵から言い渡されてしまった。
最後の授業はピアノ演奏、ダンス、食事のマナーなど、これまで教えてもらった教養の確認みたいなものであったが、セレスティアは別れ行く恩師をがっかりさせたくなくて、泣きたいのを我慢し、細部にわたり完璧にこなした。
そして、とうとうお別れの時が来た。
いつものように外に出て、できるだけ平静を装って馬車に乗るフローレンスを見送る。
フローレンスは、そんなセレスティアに最後の言葉をかけた。
「セレスティア嬢、今からお話するのは、わたくしがあなたにして差し上げられる最後の授業です」




