42話 戦闘
その日の朝、敵兵の集団が陣地から動き始めたことを見張りが見つけた。
「敵兵がこちらに向かっています。その数一万!」
この報告を皮切りに大規模な戦闘が始まった。
隊長の指示のもと、エルヴィンたち五十三班も敵陣目がけて切り込みを開始する。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、ほんの一瞬でも隙を見せれば命はない。
極限状態の中、エルヴィンの斧は敵兵を息つく間もなくなぎ倒していく。
剣の使い手のマグヌも、エルヴィンに負けず劣らず敵兵を次から次へと切り割いた。
二人の力はすさまじく、もはや敵なしかと思われた。
陣形を崩さず班で固まって動いているうちは、エルヴィン、マグヌの働きのお陰で誰も負傷するものはいなかった。
しかし、この戦闘は長時間に及び、エルヴィンにも疲労が見え隠れし、動きに精彩が欠けてきた。
水筒の水も底をついた。
体がますます重くなる。
それは敵兵も同じことであったのだが、とりわけフラギスの動きが目に見えて鈍くなってきた。
はっきり言って、すでに限界を超えていた。
そんなフラギスを、敵兵は見逃さなかった。
二人の敵兵が、動けなくなったフラギスを襲う。
「フラギス!」
それを目ざとく見つけたエルヴィンは、瞬時にフラギスの前に躍り出たのだが、気が付くと五人の敵兵に囲まれてしまったのだ。
敵兵はじりじりと間合いを詰めてくる。
五人を相手に斧を振るう力が、まだ残っているのか?
もしかしたら、もう……
弱い気持ちが一瞬頭を過ったが、それよりも、もっと強くセレスティアの顔が浮かんだ。
俺はこんなところでは死ねない。
俺は絶対に生きて、セレスティアを迎えに行くんだ!
その思いが、動かぬ身体に力を注ぎこんだ。
「ヤアアアーー」
エルヴィンの斧はまるで神がかったかのように炸裂し、周りの敵兵をぶった切った。
次々に群がる敵を一網打尽にする。
気が付けば、エルヴィンの周りに敵兵はいなくなっていた。
両陣営から退却の銅鑼がなり、この戦闘は終わりを告げた。
いったん陣地に戻り、班長に死者、負傷者の報告をした後、戦った場所に戻って死体と武器を回収する。
この時ばかりは、敵兵と顔を合わせても戦うことは禁じられている。
死者の安らかな眠りを祈ることは、国は違っても同じである。
エルヴィンも死体回収の任についたが、倒れている兵士を見れば敵国アウステル軍の死者の数の方が断然多い。
どれだけの兵士がこの戦闘で犠牲になったのか……。
エルヴィンは地を覆いつくす動かなくなった肉の塊を呆然と眺めていた。
もともとこの戦争は、他国の金鉱を欲しがったアウステル側の理不尽な宣戦布告から始まった。
一国の王の、民を思わぬ命令が、人の運命を狂わせ命を奪っている。
兵士はそれに異を唱えることも許されず、理不尽に殺されていくのだ。
自分から兵士になることを選んだエルヴィンであったが、虚しさが募る感情を払拭することはできなかった。
「エルヴィン、お前のお陰でまた命拾いした。本当にありがとう。これからも俺はお前についていくぜ!」
フラギスの言葉に続いて、五十三班の男たちがエルヴィンに礼を言う。
「俺もお前と同じ班で心強いぜ。これからも頼む」
マグヌも同様にエルヴィンの活躍を褒めている。
「ああ、そうだな。俺たちは運命共同体だもんな。絶対に生きて帰ろう」
エルヴィンは、絶対に生きて帰ると心に強く誓った。
ここは伯爵邸の裏庭。
セレスティアは春に15歳になった。
月日が巡り汗ばむ季節を迎えたが、セレスティアは相変わらず木製ベンチに座って宿題をしている。
青々と茂った木陰と爽やかな風がそよぐお陰で、この場所は他と比べると涼しい。
最近メリンダの機嫌がすこぶる悪い。
おそらくジョセフが来ないからだろうと思われる。
前回ジョセフが来たのは半年以上も前の秋。
セレスティアに会いに来ただけで、メリンダとは会っていない。
あれからおそらく、ジョセフはアカデミーの入学申請の手続きを終え、秋になったら入学式に参加するはずだ。
セレスティアは、ジョセフの父の働きかけのお陰でもしかしたら……とかすかな希望を胸に抱いていたが、伯爵に入学を許可されることはなかった。
「セレスティア、久しぶりだね」
ここにいるはずのないジョセフの声が聞こえた。




