41話 ジョセフの訪問
その日もセレスティアは外に出され、裏庭の木製のベンチで宿題をしていた。
昼食時になっても屋敷の中に入れてもらえず、結局お腹を空かせたまま、宿題をすることになってしまった。
今回の宿題は、貴族の名前と繋がりを覚えること。
他の令嬢と違って、セレスティアには全くと言っていいほど他貴族との関りがない。
知っている貴族と言えば、ジョセフの家族だけである。
いつか社交界に出た際に、困らないように名前とその背景だけでも覚えておいた方が良いというフローレンスの配慮である。
顔も見たことがない貴族たちの名前と繋がりを覚えるのは骨の折れることであったが、セレスティアは夢中になって分厚い貴族名鑑に目を通していた。
「セレスティア」
名前を呼ばれて顔を上げると、目の前にジョセフが立っていた。
「ジョセフ様、どうしてここに?」
ジョセフの存在に驚き、セレスティアは慌てて周囲を見渡す。
ジョセフと二人きりで話しているところを、メリンダに見られたら大変なことになる。
「ふふっ、驚かせてごめんね。メリンダはいないよ。今日は黙って来たから、彼女は僕が来たことを知らないはずだ」
「あの、でも、馬車を見ればわかると思いますが?」
「ああ、そう思って、馬車は離れた場所で待たせている。僕はそこから歩いてきたんだ。幸い誰にも見られなかったようだよ」
「あの、何故そのような?」
「君と二人で話したかったからだよ」
「えっ?」
セレスティアは一瞬頭が真っ白になった。
とても恐ろしい言葉を聞いてしまったことに狼狽え、次の言葉がでなくなる。
「隣に座ってもいいかい?」
「あっ、は、はい。気が付かずに申し訳ございませんでした」
セレスティアは万が一にも誰かに見られたらと思うと気が気ではなかったが、ジョセフは余裕の笑みでセレスティアの隣に座った。
「あの、ご用件は何でしょうか?」
「君に聞きたいことがあったんだ。僕はもうすぐ15歳になる。君も来年の三月には15歳になるだろう?」
「ええ、そうですわ」
「15歳になったら、王都にあるアカデミーに入学できるんだ。だから君も一緒にアカデミーに行かないかと思ってね。君はとても優秀だから、僕と同じクラスになれると思うよ。セレスティア、一緒にアカデミーに行こう」
ジョセフはキラキラの笑顔で、一緒にアカデミーに行こうと誘ってくれているが、実はその答えは既に決まっていた。
ジョセフはそれを知らずにわざわざ来てくれたのかと思うと、セレスティアは申し訳ない気持ちになる。
「申し訳ございませんが、私はアカデミーには行けません。」
「何故? 君ほど優秀な人が?」
「先生がお父様に勧めてくださったのですが、反対されてしまいました」
「理由は?」
「女性がアカデミーに行く必要はない、と…」
「そうか……。エマーソン伯爵は古い考えの持ち主なようだね。だが、入学は来年の秋だから、それまでに気が変わるかもしれない。伯爵の許可が下りたら一緒に行こう」
「そうですね。許可が下りたら……」
しかしセレスティアは、とても父親がアカデミー入学を許すとは思えなかった。
フローレンスからアカデミー入学の話を聞いたとき、とても嬉しかった。
王都は遠いから寮生活になる。
この家から出られるのだと思うだけでもワクワクした。
幼い頃は、この狭い空間で暮らしていることが当たり前だと思っていて、疑問すら感じていなかった。
でも、美術館に行ったり、世の中のことを勉強していると、まるで閉じ込められたような生活をしていること自体がおかしいのでは? と疑問を抱くようになった。
ここから抜け出して広い世界を見てみたい。
そう思っていたのだが……
「はっ、くだらない。女がアカデミーなんぞに行って何になる。私はあなたに一流の教育をお願いした。それで十分だ」
フローレンスの進言に、エマーソン伯爵は取り付く島もなく一蹴したのだ。
「セレスティア、残念だけど僕はもう行くよ。君に会えて良かった」
「ジョセフ様、わざわざ来ていただいてありがとうございました」
「それから、これを君に」
ジョセフは提げていたカバンから包を取り出し、セレスティアの膝の上に乗せて柔らかい笑みを浮かべる。
「よかったら、これを食べて」
「えっ? ジョ、ジョセフ様?」
「お腹が空いているだろう?」
驚いて目を丸くしているセレスティアの手をとり、ジョセフは手の甲にチュッとキスをする。
「ジョ、ジョセフ様!」
突然の行為に真っ赤になったセレスティアであったが、ジョセフは笑って「また会いに来る」と言って去って行った。
何故? どうどうして?
セレスティアはジョセフの後ろ姿を呆然と見送った。
後で包を開くと、中には甘い香りのクッキーが入っていた。
同時刻、戦場のエルヴィンは、敵兵に囲まれ、窮地に追い込まれていた。




