40話 手紙の中の嘘
エルヴィンは、何度も何度も手紙を読んだ。
穴が開くほどと言われても不思議がないほどに。
お嬢様はちゃんと俺のことをわかってくれたんだ。
まったく失礼この上ない妹扱いも、ちゃんとわかって合わせてくれている。
平民の使用人が毎回貴族のお嬢様に手紙を出すなんて、検閲官に変に思われないかって思ったのもあるけど、もう一つの大きな理由、それは、諸悪の根源メリンダ。
手紙を書く前に、じいちゃんの言葉を思い出した。
― 相手をよく観察して、頭を使って相手の動きを予想するのだ。そうすることで何をすれば良いかがわかって来る ―
メリンダの思考回路なんて単純で、考えることなんて簡単に予想できる。
セレスティアお嬢様宛に書いてしまうと、もしもメリンダに見つかったら、絶対にただではすまされない。
隠されるか捨てられるか、最悪な場合、お嬢様の目の前で燃やされることだって考えられる。
アイツはそういうヤツだから。
だから、あえて宛先はじいちゃんにして『親愛なる妹ティアへ』なんて書いたんだけど……。
その返事が、なんてことだ!
燃えるような赤い花を見ていると、お兄様の瞳を思い出します?
ああ、俺の目が赤くて良かった!
それに最後の一行、あなたの妹ティア? あなたの?
ああ、お嬢様。
お嬢様は、俺のお嬢様だと思ってもいいんですよね。
考えただけで、エルヴィンの顔がカーッと赤くなる。
だけど……、お嬢様は嘘も書いている。
お国のために素晴らしい働き?
武功を挙げて帰って来ることを期待?
お嬢様は俺に言った。
もし命の危険が迫ったら、武功を挙げることなんて忘れて、どうか逃げてください。
こっちの方が本心なんだ。
でも、お嬢様は検閲を恐れて本心なんて書かない。
お嬢様、やっぱりあなたは聡明で、誰よりも優しい人なんですね。
「おい、エルヴィン、お前何してんだ? 一人で百面相なんかして……」
エルヴィンが一人悶々と手紙を抱いているところに、フラギスが通りかかった。
「えっ?俺、そんなに変だったか?」
「ああ、すっごくな。ニヤニヤしたり、真っ赤になったり真面目な顔になったり……って、お前が持っているの、手紙か?」
「ああ、そうだよ。妹からの手紙だ」
エルヴィンがもったいぶってチラッとだけ見せた。
「お前、その手紙、字ばっかりじゃないか。お前、字が読めるか?」
「ああ、読めるよ。親父が商人だったんで、読み書き計算は鍛えられてる」
「ええっ?だったら俺の手紙を代筆してくれないか?マグヌに頼んだんだけど、断られちまって…」
「俺が断ったのは意地悪なんかじゃないぞ!」
「ぎゃっ!」
突然のマグヌの割り込みに、フラギスがびっくりして飛び上がった。
「そんなに驚かんでも。俺は騎士試験を受けるくらいだから字は書けるよ。だけど、激しく悪筆でな。人に見せられる字ではないんだよ。俺が書いたら恋人との仲も悪くなっちまう」
もしかして、騎士試験に合格しないのは、その悪筆のためなんじゃないの? とエルヴィンは思ったが、口には出さなかった。
「フラギス、俺で良かったら代筆するから、手紙を書くときには持って来いよ」
「ほんとか? ところで、村では代筆屋に頼むと金をとられるんだが、エルヴィンにいくら払えばいい?」
「お代は要らないよ。俺とお前の仲じゃないか。そんなもの、ただでやってやるよ」
「ただでやってくれるのか? エルヴィン、お前って本当にいいやつだな。感謝するぜ」
エルヴィンだけでなく、戦場にいる者にとって外界との関りは手紙ぐらいしかなく、士気を向上させるためにも手紙は重要な働きを持っている。
二ケ月に一度くらいしか機会は与えられないが、兵士たちにとって、それはささやかな幸せを感じる大切な要素となっていた。
しかし、だからこそ検閲は厳しく、兵士が弱音を吐露しているような内容であったり、逃げ出して故郷に帰りたくなるような手紙が見つかれば、それは兵士に知らされることなく焼却処分されるのである。
月日はあっという間に流れ、セレスティアは14歳になった。その年の十一月、紅葉が美しく庭を彩り始めた日の午後、エマーソン伯爵邸にジョセフが一人で現れた。




