39話 手紙
セレスティアが恐る恐る手紙に目をやると、懐かしいエルヴィンの文字が綴られていて、見ているだけで胸が熱くなった。
「ああ、エルヴィン、生きているのですね」
セレスティアは一度手紙を胸に抱き、再度文字に視線を落とした。
親愛なる妹 ティアへ
俺は元気だ。戦場にも慣れてきた。それに友人もできたよ。
初めての戦闘は厳しいものだったが、俺は目標のために頑張った。
必ず武功を挙げて立身出世をして帰るから、期待していてくれ。
季節の変わり目は体調を崩しやすいから、身体に気をつけて毎日元気で暮らすんだよ。
じいちゃんへ
俺は元気だから心配いらない。身体には気をつけて暮らしてくれ。
兄のエルヴィンより
「どうです?失礼な手紙でしょう?」
「ふふっ、本当に失礼ですね。わたくしのことを妹だなんて。きっと検閲を考えてそうしたのでしょう。ですからわたくしも、妹としてお返事を書きますわ」
失礼だと語るセレスティアは、とても嬉しそうに微笑んでいる。
本当に心の広いお嬢様だと、ベンジャミンは思うのだった。
その夜、セレスティアは真っ白な便せんを前に、エルヴィンの顔を思い出していた。
昼間に読んだ手紙はベンジャミンに預けているのでここにはないが、セレスティアは一文字一文字を違えることなく思い出すことができる。
あの手紙を書いているとき、エルヴィンはどんな顔をしていたのかしら?
検閲を配慮してのことだろうけれど、わたくしのことを妹と書くことに、照れて赤くなっていたのではないかしら? と思うだけでふふっと笑みがこぼれる。
そして妹の愛称に選んだティア。
声がするわけでもないのに、久しぶりに呼ばれたような気がした。
母親だけがその愛称で呼んでくれたから、亡くなってからは聞いたことがない名前だった。
エルヴィンに手紙を書く際、慎重になる必要がある。
フローレンスに手紙の書き方も教えてもらっていたが、戦地にいる身内や恋人に手紙を書くときは、真実にふたをして書く必要があると教わった。
心の赴くままに書いてしまうと検閲にひっかかり、没収廃棄されることがあるからだ。
だから、いつも他の誰かに読まれても困らない文章で書かねばなりません。
まあ、これは貴族間の手紙のやり取りでも同じことですが……と、最後は皮肉めいた笑みを浮かべていた。
セレスティアは便せんの上半分を空けた場所から、ペンに青いインクをつけて文字を書き始めた。
「エルヴィン、お前にも来てるぞ」
エルヴィンが手紙を出した一ケ月後、班長から手紙を受け取った。
差出人の名前はベンジャミン。
ああ、やっと来た!
エルヴィンはドキドキしながら、震える手で大切なものを労わるように封筒をなでた。
ちょうど休息時間だったので、幕舎の外に置いてある椅子に座って読むことにした。
すでに開封されている封筒から手紙を取り出す。
入っていた手紙は一枚で、初めの五行はベンジャミンの文字、下半分を埋めているのは、見慣れたセレスティアの美しい文字だった。
「お嬢様……」
エルヴィンは手紙を顔に近づけて、思いっきり息を吸い込む。
インクの匂いしかしないのに、セレスティアの甘い香りがするような気がする。
それからゆっくりと、セレスティアの文字に視線を落とした。
親愛なるエルヴィンお兄様へ
お手紙ありがとうございました。お元気そうで何よりです。
お友達ができたと知り、とても嬉しく思いました。
こちらでは真っ赤なサルビアが鮮やかに咲き乱れ、夏の庭を彩っています。
燃えるような赤い花を見ていると、お兄様の瞳を思い出します。
どうか戦場でも体調にお気をつけてお過ごしください。
お兄様がお国のために素晴らしい働きをして、武功を挙げて帰って来ることを期待しています。
それではお元気で。
あなたの妹ティアより
「ああああー、お嬢様―」
エルヴィンは手紙を胸に抱き、身もだえるのだった。




