38話 奇襲
その時エルヴィンは見張りの任務が終わり、前線兵士用の幕舎で休息をとっている最中であった。
今のところ大きな戦闘はないが、いつ何時敵兵が襲って来ても、すぐに動けるようにと緊張を緩めることはなかった。
その甲斐あってと言うべきか、突然の奇襲と戦闘態勢の号令に、瞬時に武器を手に幕舎から飛び出すことができた。
夜であるが数多くの松明が灯り、外は明るい。
あちこちで、剣がぶつかる金属音と怒声が聞こえてきた。
エルヴィンは斧を手に敵を探す。
見つけたら、殺られる前に殺らなければこちらの命がない。
そのとき、大声で叫ぶ声が聞こえた。
「来るな、まだ死にたくない!」
この声はフラギス。どこにいる?
声のする方に走っていくと、フラギスが敵兵を前に剣を振り回していた。
闇雲に振り回しているだけの剣は、相手にかすりもしていない。
エルヴィンは敵兵めがけて飛び込んだ。
ブシュッ
電光石火のごとく振り落とされた斧に、敵兵は声を発する間もなく倒れた。
敵兵がバタリと倒れた先には、剣を手にして震えるフラギスが泣きそうな目で立っていた。
「エルヴィン、ありがとう、た、助かった」
「喜ぶのはまだ早い。早く敵を倒さなくては!」
エルヴィンは金属音がする方に走り、また一人また一人と倒し続けた。
金属音と怒声が聞こえなくなって、ようやくこの戦闘が終わりを迎えたことを感じたのだが、まだ敵兵は隠れているかもしれない。
夜が明けるまで緊張状態が続いた。
この戦闘で敵兵の死者は二十人だった。逃げた兵士の数は不明。
ベルランテ軍に死者は無かったが、負傷者の数は三十人ほど。
少数で闇に紛れて忍び込み、ベルランテ軍をかく乱することが目的だったようである。
この戦いで、エルヴィンは初めて人を殺めた。
今まで、獣を切ったことは何度もあるが、人を切ったことは初めてだった。
正直に言うと、思い出すだけで手が震える。
しかし、これを辛いとか悲しいとか思うことは許されないのだ。
そんなことを思ったら、自分が殺される。
ここは戦場なのだと、エルヴィンは自分に言い聞かせた。
ここはエマーソン伯爵邸の裏庭。
エルヴィンがここを出て三ケ月が過ぎた。
ベンジャミンがいつものようにマキ割りをしているところへ、郵便配達人が彼に一通の手紙を渡した。
差出人は、戦場にいるエルヴィン。
ベンジャミンは礼を言って手紙を受け取ると、急いで封を開けて読み始めた。
「ほう、これはこれは。お嬢様が来たら、読んでもらわんとな」
セレスティアは相変わらず屋敷を追い出され、外で過ごすことが多い。
その度に、薬草を摘んだり勉強をしたりしている。
その日もベンジャミンの家にやって来た。
「また追い出されましたわ。ところで、何か連絡はありましたか?」
顔を合わせれば、それは決まり文句になっていた。
だが、その言葉を口にするセレスティアの顔は、決して穏やかとは言えない。
「お嬢様、やっと手紙が来ましたよ。本人からです」
「良かった。エルヴィン自身からなのですね」
やっとセレスティアに、安堵の表情が現れた。
「私にと言うよりも、お嬢様に書いた手紙なので、どうぞ読んでやってください」
「えっ? わたくしにですか?」
「だが、読んだら呆れるかもしれません。本当に失礼な手紙なので」
「失礼って?」
セレスティアは、震える手で手紙を受け取った。




