34話 別れの朝
翌朝、セレスティアの身体は重く、ベッドから起き上がるのが辛かった。
昨夜は一睡もできなかった。
夜中に何度も、本当に行ってしまうのかとエルヴィンに聞きに行きたかったけれど、確認して何になる?と自分に問いかけた。
エルヴィンはもう覚悟を決めていたから、セレスティアに出て行くことを話したのだ。
行かないで欲しいと言ってしまったら、エルヴィンを困らせるだけ。
もう、彼の安全を祈って送り出すことしかできないのだろう。
五月まで残り四ケ月ある。
その間、自分にできることは、いつも通りに過ごすことなのだろうと、セレスティアは自分に言い聞かせた。
月日はあっという間に流れて五月になり、エルヴィンは15歳になった。
出て行くと知らされてから、セレスティアは泣きたくなる心を抑えて、できるだけいつも通りに振る舞った。
変化があったことと言ったら、三月にセレスティアが13歳の誕生日を迎えたことくらいであろうか。
だが、誕生日だからと言って、伯爵家では何の祝いもなかった。
メリンダやナタリーからは当然のようにその日を無視され、父親ですら祝ってはくれなかった。
エルヴィンだけが、「おめでとうございます」と言って、森で摘んで来た花束をくれた。
それだけである。
エルヴィンが出て行く早朝、セレスティアは裏庭の家まで見送りに来た。
エルヴィンは袋をかけた斧を背負い、大きな荷物を手に提げて、ちょうど家から出るところだった。
「お嬢様、見送りに来てくれてありがとうございます。あの、行く前に少しお話してもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
「あの、俺、泣いてしまうかもしれないんで、見えない場所で話してもいいですか?」
「ええ」
セレスティア自身も自分の身を隠したいと思った。
だって泣いてしまうかもしれないから。
「じゃあ、こちらへ」
エルヴィンは家の陰に隠れて屋敷からは見えない場所に移動し、セレスティアはその後ろをついて行く。
「お嬢様」
エルヴィンが、泣きそうな赤い瞳でセレスティアを見つめた。
セレスティアも潤むアメジスト色の瞳でエルヴィンを見上げる。
「お嬢様、俺は絶対に死にません。必ず武功を挙げて立身出世をして帰って来ます」
「ええ。エルヴィン、わかっています」
「お嬢様、お身体に気をつけてくださいね。俺がいなくても、じいちゃんがいるから、追い出されたらじいちゃんを頼ってくださいね」
「ええ、そうします」
「あの、お嬢様、最後に抱きしめてもいいですか?」
「えっ?」
「あっ、いくら何でもダメですよね。すいません。忘れてください」
エルヴィンは、真っ赤になっている顔を腕で隠した。
セレスティアはその腕の袖を小さくつまんで引っ張り、震える声で言った。
「エルヴィン、許します」
「お、お嬢様……、ありがとうございます」
エルヴィンは恐る恐るセレスティアに腕を回し、まるで繊細なガラス細工をいたわる様な触れ方でそっと抱きしめた。
セレスティアの柔らかい身体の温かさを感じ、彼女の甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
「お嬢様、ありがとうございました。これで心置きなく…」
「エルヴィン、腕をほどかないで、そのまま聞いてください」
「えっ? お嬢様?」
「これが最後だなんて言わないで。わたくしたちは、また会えます」
「はい」
エルヴィンはセレスティアを抱いている腕を離そうとしたけれど、思いとどまり、そのまま抱き続けた。




