29話 獣の正体
「じいちゃん、この獣の名前、何だかわかるか?」
エルヴィンは、セレスティアを木製ベンチに座らせた後、馬に荷車を引かせて森に引き返した。
セレスティアが薬草を入れていたザルと、大きく重い獣の死骸を荷車で運び、ベンジャミンに見せて問うたのだが、ベンジャミンも首を傾げた。
「長い間、森で仕事をしているが、こんな獣は見たことがないぞ」
「こいつがお嬢様を襲ってきたんだ。俺がもう少し遅かったら、お嬢様は食べられていたかもしれない」
エルヴィンは、あの恐怖の瞬間を思い出し身震いがした。
「俺、薬草をお嬢様に届けてくるから、獣の名前を調べておいてくれ」
エルヴィンはベンチで待っていたセレスティアと一緒に薬草小屋に行き、干し草にした後、ベンジャミンのもとに戻った。
「じいちゃん、どうだった?」
獣図鑑を片手にベンジャミンはうーんと唸っていたが、一つの結論に達したようだった。
「おそらくこれは魔獣だな」
「ま、魔獣だって?」
エルヴィンは今までに魔獣を見たことがなく、人を食う恐ろしい生き物だと言うことしか知らない。
「お前、こいつの心臓を開けてみろ。魔獣だったら魔石が入っているはずだ」
エルヴィンは言われた通りに短剣で魔物の身体を割き、心臓を切り開くと、拳大の赤い石が入っていた。
「じいちゃん、あった。これが魔石? 俺、初めて見た」
「魔獣ってヤツは神出鬼没でな。突然現れて人間を襲って食うから、魔石を手に入れるのは命がけなんだ。だから、かなりの高値で取り引きされている」
「買えるのは、貴族か大金持ちってことか?」
「まあそうだな。平民相手の商店では、めったにお目にかかれないってわけだ」
「魔石って何に使うんだ?」
「まあ、来てみろ」
ベンジャミンとエルヴィンは家の中に入り、雨戸も閉めて部屋の中を真っ暗にした。
エルヴィンがそっと手を開くと、握られていた魔石が明々と周りを照らしている。
「じいちゃん、すごく明るい! こんな使い方があったんだ」
エルヴィンは目を丸くして、明るくなった部屋をぐるりと見回す。
「まあ、明るく照らしてくれる期間は一年ほどなんだが、他にも使い道はあるらしいぞ。それに新たな使い道の研究もしているらしい」
「てことは、この魔石をたくさん手に入れたら、大金持ちになるってことだよね」
「そう言うことだが、さっきも言ったように、魔獣を見つけるのは大変で、捕まえるのも命がけ。まあ、割に合わない商売だな」
「肉は食えるのか?」
「食えるが、そのままだと牛や豚に比べると美味くないらしいぞ。干し肉にした方が美味いと聞いているが」
その日、調理人たちは魔獣の干し肉作りに精を出し、ベンジャミンの家は夜遅くなっても明かりが灯っていた。
エルヴィンは、使用人たちに魔獣のことを聞き回り、中には有力な情報もあった。
ずいぶん前になるが、王都でも魔獣騒ぎがあったらしい。
いきなり現れた魔獣の群れは、逃げ惑う人々を襲った。
騎士団が駆けつけて魔獣の群れを掃討したのだが、被害は相当なものだったらしい。
騎士たちは原因を究明しようと躍起になったが、魔獣がどこから現れたのかは結局わからずじまい。
しばらくは騎士団によるパトロールが続いたが、それ以来魔獣が現れることはなく、今に至っている。
エルヴィンも毎日森に入っては魔獣を探したが、あれ以来、見つけることはできなかった。
たった一匹だったけど、番はいるのか、どこから来たのか、わからないことだらけである。
どうか、もう二度と魔獣が現れないようにと祈った。
季節は移り、年が明けた。
庭の落葉樹は、むき出しの枝を寒空に向かって広げていて、凍える風に吹かれる様子は寒さに黙って耐え忍んでいるようだ。
スコット伯爵から、新年の挨拶を兼ねて遊びに行くと連絡があった。
メリンダは久しぶりにジョセフに会えると大喜びであったが、セレスティアは何事も起こりませんようにと祈るばかりであった。




