26話 ダンスの練習
まるで天国にいるみたいだ。
これって、今まで頑張って来たご褒美だろうか。
でも、本当にいいのか? 俺の手でお嬢様の身体を触るなんて。
こんなに密着して……
ああ、お嬢様の良い香りがする……。
急いで汗臭い服を着替えて出てきたエルヴィンに、セレスティアはダンスの基礎を教える。
まず初めに、ワルツのステップの練習をした。
これをマスターしなければ、セレスティアの足を踏んでしまうと思ったエルヴィンは、必死になって覚えた。
「では次は、ダンスの構え方を教えますね。左手で手を握って、それから右手をわたくしの背中に回してください」
エルヴィンは言われた通りにセレスティアの手を握り、背中に手を回したのだが、胸のドキドキが止まらない。
しっとりとした柔らかい手の感触、服越しに伝わる背中の体温、そして鼻をくすぐる甘い香り。これぞまさしく天国!
ダンスというものは、セレスティアを全身で感じることができるのだと知った。
「それでは、このままさっき覚えたステップで動きましょう。ワン ツー スリー ワン ツー スリー……」
セレスティアの号令に合わせてステップを踏む。
だけどエルヴィンは、足を踏んだらどうしようと、そればかりが気になってしまう。
「エルヴィン、下を見ないで。視線は左手の少し上です」
「む、無理です。お嬢様の足を踏んでしまいそうで怖いです」
「背筋が曲がっていますよ。まっすぐ姿勢を正して」
「は、はい」
セレスティアの指導は、思いの外厳しい。
天国にいる気分は、すぐに吹っ飛んでしまった。
ダンスとは、そんなに甘いものではなかった。
でも、身体に触れることができる特権は、この厳しさ故のもの。
エルヴィンは、喜びながらもひたすらセレスティアのしごきに耐えるのだった。
「エルヴィン、今日はありがとう。また練習に付き合ってくださいね」
「はい。いつでもおっしゃってください」
終わった後は緊張と慣れない疲労で汗だくであったが、三日連続でダンスの練習は続き、セレスティアの指導のお陰で、エルヴィンも徐々にダンスが上手に踊れるようになっていった。
「エルヴィン、今日は先生に褒められたのよ。ダンスが上手く踊れたって。本当にありがとう」
「いえ、どういたしまして。お嬢様に喜んでもらえるのなら、俺はいつだって練習に付き合いますから」
セレスティアの嬉しそうな顔を、眩しそうに見ながらエルヴィンは答えた。
この後も、セレスティアは何度もエルヴィンを相手にダンスを練習し、ワルツ以外のダンスも踊れるようになっていく。
それはエルヴィンも同じであった。
エルヴィンはベンジャミンの指導のもと、狩りに出ることもある。
狩りの獲物は屋敷の調理人に渡して、皆の食材になるから喜ばれている。
「馬の上からでも、矢が的の中心を射ることができるようになったら連れて行ってやろう」
ベンジャミンに言われてからずいぶん経つが、13歳になって、ようやく目標を達成した。
短剣を腰に下げ、斧と弓矢を背中に担いで馬に乗る。
森の中を駆け巡り、獲物を見つけたら矢で射殺す。
襲ってきたら斧で切り倒した。
時には馬を降り、獣の通り道で待ち伏せすることもある。
「闇雲に森の中を走り回ったって、早々獲物に出会えるとは限らない。まずは観察することだ。獣の糞、草を食べた痕跡、獣道、いたるところにヒントがある。それらをよく見て頭を使って相手の動きを予想するのだ。そうすることで、おのずと自分が何をすれば良いかがわかって来る」
ベンジャミンの教えである。
確かに、糞を見たら、獣の種類、ここを通った時間がどれくらい前なのかがわかる。
エルヴィンは、効率的に狩りをする方法も学んだ。
これらはすべて、食材を得るためだけのものではない。
エルヴィンは、来たるべき日のために、自分の腕を知性を鍛えておきたいと思っていた。




