24話 ハンカチ
一年前、ジョセフと一緒に合奏をした後、母の形見の指輪をメリンダに捨てられてさんざんな目に遭った。
あれから二度、スコット伯爵一家は遊びに来たけれど、幸いなことに合奏を求められることはなくてほっとしていた。
ジョセフにまとわりつくメリンダのことも、ジョセフが上手に相手をしていたからメリンダが不機嫌になることもなく、ジョセフがらみにおいては平穏だった。
だけど、もしも、ジョセフに記念の品をプレセントしてもらったなんてことが知られてしまったら、次は何をされるのかわからない。
偶然、美術館で会ったことも絶対にばれたくないのに……。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ受け取らせていただきます」
「そう、残念だな」
ジョセフの顔が一瞬でシュンとなる。
「こんなところでも、メリンダに気を遣っているんだね」
「えっ?」
まるで心の中を見透かされたようで、セレスティアの心臓がドキッと跳ねた。
「あ、あの……」
「ああ、気にしなくていいから。僕は君の心配事を増やしたくないからね。だけど、長居をした店で冷やかしだけと言うのは申し訳ないから、僕が記念に何か買うことにしよう。そうだな。僕に合うハンカチを選んでもらえるかな?」
「そう言うことでしたら」
セレスティアはハンカチコーナーに並べられているハンカチを見たのだが、たくさんある中でどれを選んで良いのか迷ってしまった。
「あの、お好みのデザインはありますか?」
「できれば、紫色の刺繍が施されているのがいいな」
「それでしたら……、これなんかはいかがでしょう?」
セレスティアが選んだのは、可憐なスミレの刺繍が施されたハンカチである。
「ああ、素敵なハンカチだ。では、これにしよう」
ジョセフは店主にそのハンカチを包んでもらうように頼んだ。
きっかり三十分後に、エルヴィンの案内で馬車が雑貨店の前に停まった。
「馬車が来たようだね」
三人は店を出て馬車の前まで歩く。
「セレスティア、残念だけど、ここでお別れだね」
「はい。今日は何から何までありがとうございました」
エルヴィンは、二人の会話を聞きながら、やっとジョセフと別れることができると思うとほっとしていた。
そしてドアを開けて、いつものようにセレスティアに手を差し出そうとしたのだが、スッと前に出てきたジョセフにその役目を取って代わられた。
「セレスティア、足元に気をつけて」
「ありがとうございます」
セレスティアは、差し出されたジョセフの手に自分の手を添えて馬車に乗り込んだ。
続いてジョセフは、フローレンスのエスコートもきっちりとこなす。
「子爵夫人、本日は楽しい時間をありがとうございました」
「ええ、わたくしも楽しかったですよ」
最後にエルヴィンが乗って、馬車は出発した。
ジョセフは名残惜しそうに手を振り、セレスティアもそれに応えて手を振っていた。
「セレスティア嬢、今日はとても実り多い一日になったと思います。本日の課題ですが、美術館に展示されていた画家の名前とその背景を覚えましょう。同じ作品でも、作者の背景を知れば見方も変わってきます」
「はい、先生」
フローレンスは、美術館で売っていた目録と各絵の説明が書かれている冊子を渡した。
「それから、これからも時々は美術館に行けるように、エマーソン伯爵に話をしておきますね。」
「ありがとうございます。先生」
セレスティアの顔がぱあっと輝いた。
いつものエルヴィンなら、二人の会話を微笑みを浮かべながら聞いていたであろう。
だが馬車の中でエルヴィンは、笑うこともせず、ずっと拳を握りしめていた。




