21話 美術館
セレスティアは、初めて見る美術館にワクワクしていた。
入り口の左右に、本で見た大昔の英雄の大きな彫像が置かれていて、来客を迎えてくれる。
「エルヴィン、すごいですわ。本物を初めて見ました!」
と叫びたくなったのをぐっと我慢した。
淑女たるもの、いかなる時にも落ち着きが肝心である。
他人に無様な態度を見せてはならない。
そう自分に言い聞かせて、フローレンスと一緒に展示会場に入って行った。
エルヴィンは従者として、その後をついて行く。
エマーソン伯爵邸でも各部屋に絵画は飾られているが、伯爵には絵画の趣味はないようで、セレスティアが物心ついた頃から同じ絵が飾られている。
正直に言うと見飽きていた。
しかし美術館の中は、順路に沿って絵画が並べ掛けられ、見飽きることはなかった。
今回の展示内容は風景画なので、国の内外を問わず各地の美しい風景の数々が一堂に会している。
見ていると、まるで世界旅行をしているような気分になる。
最後の展示室を見終わった後、フローレンスが問うた。
「何か気に入った絵画はありましたか?」
フローレンスの問いに、セレスティアは少し悩んだ。
「どれも素晴らしくて……。あの、でも、気になる画家はいました」
「そう。それはどなたかしら?」
「この部屋に五枚並べて展示されている画家で、一番印象に残ったのはあの絵なんですけど……」
セレスティアが一枚の絵に向かって歩き始めたので、エルヴィンもフローレンスもついて歩く。
「この絵が一番印象に残りました」
セレスティアが立ち止まった絵は、海に沈む夕日を描いた絵で、港に停泊している船も細やかに描かれ、すべてが夕日色に染まっている。
「見ているわたくしも、夕日に染まっているように感じました」
「俺もそう思います」
エルヴィンも、その絵に釘付けになり、三人の間に、しばし沈黙が流れた。
「セレスティア、こんなところで会うなんて奇遇だね」
聞きなれた声に、三人が振り向くと、そこにいたのはジョセフだった。
「ジョセフ様、どうしてここに?」
「ああ、僕も今回の展示に興味があって、見に来たんだよ」
「先生、こちらはスコット伯爵のご令息のジョセフ様です。ジョセフ様、こちらはわたくしの家庭教師をしてくださっているペレス子爵夫人です」
「ペレス子爵夫人、初めまして。ご紹介に預かりましたジョセフ・スコットと申します。夫人のお噂はかねがね伺っております。卓越した教養とその博識ぶりは右に出る者はいない、教師の鏡だと」
10歳の子どもが発するにはあまりにも大人びたその言葉に、柄にもなくフローレンスの頬がほんのり少し赤くなった。
「初めまして、スコット小伯爵。お褒めに預かり光栄ですわ」
「突然話しかけて失礼をいたしました。セレスティアと少し話してもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
フローレンスの許しを得て、ジョセフは周りの客たちの迷惑にならない程度の小声で話し始めた。
「セレスティア、この画家が気に入ったようだね。彼は放浪の画家と呼ばれていて、旅をする行く先々で絵を描いて暮らしていたんだ。風景画も素晴らしいけれど、彼の描く人物画も興味深いよ。見てみるかい?」
「まあ、見ることができますの?」
セレスティアの期待を込めた目を、温かく包み込むようにジョセフは微笑んだ。
「ああ、できるよ。君のためならいくらでも」
「先生、お願いしてもよろしいですか?」
「そうですね。せっかくのご厚意ですから、ありがたくお受けいたしましょう」
ジョセフに案内されて、皆は関係者以外立ち入り禁止区域に入って行った。
「あの、スタッフでもないのに、よろしいのですか?」
「僕の父がこの美術館に多額の寄付をしていてね。まあ、その特権というものなんだ」
セレスティアの疑問に、ジョセフは余裕の笑みで答えた。
「この美術館は、あの画家の作品を数多く所蔵しているので、特別に一室を設けているんだ。さあ、ここだよ」
部屋の中に踏み込むと、狭い部屋の壁に風景画も人物画も所狭しと掛けられていて、圧倒されたセレスティアは思わず息を飲んだ。
「……素晴らしいですわ。人物画は、まるで生きているみたい……」
絵画に夢中になっていたセレスティアは、ジョセフが一瞬、エルヴィンに向けて不敵な笑みを浮かべたことに気がつかなかった。




