20話 到着
「エルヴィン、わたくし、何かおかしなこと言いましたか?」
エルヴィンの一瞬暗くなった表情を、セレスティアは見逃さなかった。
「いえ、そんなことはないですよ」
エルヴィンは慌てて顔を元に戻す。
「それでね。先生がエスコート役を誰かにお願いしておくようにとおっしゃったの。よろしければ、エルヴィンが引き受けてくださらないかしら?」
「えっ? お、俺が?」
「そう。エルヴィンにお願いしたいのです」
「ももももちろん、喜んでお引き受けします」
「まあ、ありがとう。それでは来週、エスコートに相応しい服装でお願いしたいのですが、持っていますか?」
「だ、大丈夫です。あります!」
引き受けたものの、二年前なら一張羅の良い服を持っていたが、もう小さくなって着られない。
肉体労働しかしていない現在、動きやすい服ばかりで良い服なんてもっていない。
この後、大慌てでベンジャミンに服のことを相談しにいった。
なかったら、今すぐ町に買いに行かなくては!
幸いなことに、ベンジャミンと懇意にしている使用人の中に、エルヴィンにぴったりの服を持っている者がいたので借りることができた。
黒のスーツに白シャツ、そして真っ白なクラバットでビシッと決めた。
今日、フローレンスに挨拶をした際、彼女の厳しく見つめる青い瞳に緊張したが、乗り降りのエスコートは合格したし、やれやれである。
エマーソン伯爵邸から領都にある美術館まで馬車で一時間ほどであるが、さっきからセレスティアは、子どもらしく外の景色に夢中になっている。
エルヴィンは、そんなセレスティアを見て目を細めた。
ああ、お嬢様、なんて可愛いんだ。
まるでふわふわのウサギが、窓際で遊んでいるみたいだ……。
「エルヴィン、牛がいるわ。これが牧場なのですね」
「まあ、畑にお野菜がいっぱいですわ」
時々、セレスティアの興奮した声が聞こえてくるので、ちらりとフローレンスを見たが、彼女は静かに微笑んでいるだけだった。
見ないことにしてくれると言ったのは、本当のことだった。
厳しい先生だけど、セレスティアにこの先生がついていて本当に良かったと、エルヴィンは思った。
馬車は農村地帯を抜けると、賑やかな街の中に入って行った。
「もうすぐ美術館に着きます。セレスティア嬢、淑女のたしなみを忘れてはいけません」
「はい、先生」
セレスティアが窓から手を離し、背筋をしゃんと伸ばした。
馬車の中が、今までのほんわかしたムードから、張りつめた空気に変わる。
「さあ、美術館に着きましたよ」
フローレンスの言葉を受け、エルヴィンは顔を引き締めた。
馬車から降り、安全を確認した後、セレスティアに手を差し出す。
「お嬢様、お足元にお気をつけください」
美術館に来ていた客たちが、貴族の馬車から降りてきた見目の良い若者に目を留め、さらに次に出てくるお嬢様がどんなご令嬢なのかと興味津々で注目する。
「ありがとう」
可愛らしい声と同時に姿を現したのは、淡い水色の輝く髪をハーフアップにして、水色のドレスを身にまとった、まるでお人形のように美しい少女である。
それだけではなく、若者にそっと手を添えて馬車から降りる姿は、少女とは思えぬほど優雅で洗練されている。
注目していた皆が、ほう…とため息を漏らした。
人々の視線を浴びる中、動じることもせず、堂々とそして優雅に歩を進めるセレスティアとフローレンス。
エルヴィンは、出だしは好調とにんまりしながら、美術館に入る二人の後について歩いた。




