2話 家族
「終わりましたわ。」
セレスティアの指が頬から離れたとたん、エルヴィンは途方もなく残念な気持ちになった。
「あ、ありがとうございました。」
「いえ、どういたしまして」
そう言って微笑むセレスティアの顔が眩しい。
「お姉様!」
突然、甲高い声が聞こえた。
見ると、ピンクのドレスを身にまとい、赤茶色の髪をツインテールに結んだ令嬢が、つかつかと二人のそばまでやって来る。
口をへの字に曲げ、何故かこの令嬢は、大きな緑の瞳でセレスティアを睨んでいる。
「メリンダ、どうしたの?」
「お客様がお帰りになるからお姉様を呼んできなさいって、お父様に言われたから来たのよ。で、この人は誰?」
なんで私が呼びに行かなければならないのよっ?とブツブツ独り言を言ってるけれど、セレスティアは聞こえないふりをした。
「ベンジャミンさんのお孫さんで、名前はエルヴィンさん。昨日からここで一緒に暮らしているのですって」
「ふーん、そう言えば、使用人が言ってたわね。あなた、お父さんが死んじゃったんですってね。ここで暮らせるのも、私のお父様のお陰よ。感謝しなさい」
「メリンダ、そんな言い方をしてはいけないわ」
「はあ? 何よ偉そうに。自分だけ良い子みたいなフリをして。そんなだから、お父様に愛されないのよ」
「メリンダ、いい加減にしなさい」
「そうだ、お姉様には、エルヴィンがお似合いだわ。ジョセフ様に色目なんて使ってないで、エルヴィンにしなさいよ」
「メリンダ、もう行きましょう。お客様を待たせたらいけないもの」
セレスティアはエルヴィンにごめんなさいねと一礼して、メリンダと共に去って行った。
残されたエルヴィンは、まるで嵐が去ったようだと思いながら二人の後ろ姿を目で追っていた。
セレスティアとメリンダは、両親と一緒に馬車に乗って帰る客を笑顔で見送った。
客から見たら、とても仲睦まじい四人家族に見えただろう。
だが、実際は違っている。
体裁を重んじる父親の方針で、対外的には仲の良い家族を演じることになっているのだ。
姉妹の仲の良さを強調するために、メリンダにセレスティアを呼びに行かせたのも父親だった。
父親の名前はデイビット・エマーソン、身分は伯爵。
42歳のデイビットは領地を持たない伯爵であるが、事業と投資で成功しており、大きな屋敷と森と山を含めた広い土地を所有している。
茶色の髪と緑の瞳を持つ彼は、めったに笑うことがなく、家族に対して非常に冷たい態度をとっている。
だが、客人を招いた際は妻と一緒に行動し、出迎えと見送りの時間だけ姉妹をその場に呼び、家族の仲の良さを見せつけていたのである。
妻の名前はナタリー、彼女の祖父は男爵家であるが、三男である父親は爵位を持たない貴族である。
赤茶色の髪と緑の瞳はメリンダと同じで、顔つきもよく似ている。
ナタリーは二年前、つまりセレスティアが6歳のときに、5歳のメリンダを連れてデイビットの後妻としてこの屋敷に入った。
セレスティアの実母クレアが病死したのは三年前。
体裁を気にするデイビットは、前妻が亡くなって一年後の喪が明けてから後妻を迎えたわけだが、緑の瞳の色が同じメリンダを見て、使用人の誰もがメリンダはデイビットの実子だろうと思った。
客人を見送りデイビットが書斎に入ると、母親と姉妹の三人になった。
「セレスティア、いったいどこに隠れていたの? メリンダがあなたを探すのに大変だったと言ってるわ」
「そうよ、なんで私がお姉様を探さないといけないのよ」
緑の四つの瞳で睨まれたが、セレスティアはどこ吹く風とでもいうように微笑みを浮かべている。
「メリンダ、探してくれてありがとう。あなたには、どこにいるのか伝えておいたのだけれど、忘れてしまったのね。まだ幼いから仕方がないことなのかしら?」
「な、なによ! お母様、お姉様が私をいじめるわ」
メリンダは、ぷくっと頬を膨らませて母親に泣きついた。
「セレスティア、妹になんてことを言うの? 外に出ていなさい!」
「わかりました。それではしばらく、外で頭を冷やすことにいたしますわ」
セレスティアは優雅に一礼して、外に出て行った。




