15話 ヴァイオリンの音色
エルヴィンがベンジャミンに引き取られて一年が過ぎた。
エルヴィンは11歳、セレスティアは9歳になっていたが、相変わらずメリンダのわがままは続いているし、その度にセレスティアは屋敷を追い出されている。
しかし、セレスティアは屋敷を追い出されても、ちっとも辛くなかったし、自分の身の不幸を嘆くこともなかった。
家の外でもできることはたくさんある。
それにうるさいメリンダから確実に離れることができるし、何よりもエルヴィンがそばにいてくれる。
この一年の間に、何度も一緒に森の中に入って薬草を摘み、勉強の手伝いをしてもらい、一緒に話をして楽しい時間を過ごした。
しかし、今日は少し、否、かなり憂鬱である。
半年ぶりに、ジョセフが両親と一緒に遊びに来るからなのだが。
半年前は、メリンダのいない場所で恐ろしいことを言われたが、幸いなことにジョセフの機転でメリンダの機嫌は良く、スコット伯爵一家が帰った後も、彼女が癇癪を起こすことはなかった。
だが、今日はジョセフの母親の希望で、セレスティアがジョセフと一緒に合奏をすることになっている。
ピアノを諦めたメリンダは、一緒に合奏をするほど上手くなく、無理に加わったら、それこそ大恥をかいてしまう。
メリンダもそれはわかっていたから、自分も一緒に合奏したいとは言わなかった。
新緑の明るい木々を潜り抜け、予定されていた時間にスコット伯爵、夫人、ジョセフが乗った馬車が玄関に着いた。
エマーソン伯爵家も、いつものように伯爵、夫人、セレスティアとメリンダが表に出て出迎える。
本日の姉妹のドレスは、メリンダはジョセフの瞳の色を意識して、青を基調としたフリルいっぱいの可愛らしいデザインで、セレスティアは新緑の季節を連想させるような薄黄緑色のドレスを着ている。
二人とも、今日のために新しく買ってもらったドレスである。
ジョセフは紺色のスーツ姿で、手にヴァイオリンケースを提げている。
ジョセフが貴族のたしなみとして選んだ楽器はヴァイオリンで、5歳から習っている彼の音色は、ヴァイオリン講師が天上から降り注ぐ音色だと太鼓判を押すほどである。
「お待ちしておりましたわ。さあ、どうぞ中へお入りくださいませ」
簡単な挨拶の後、ナタリーが笑顔を貼り付けて、皆をピアノが置かれている応接室に案内する。
いつもなら、子どもは子どもだけで別室に移動するのだが、今回は皆そろって同じ応接間で過ごさなくてはならない。
お茶とお菓子でもてなし、しばらく近況の報告などで時間を潰した後、スコット伯爵夫人がジョセフに促した。
「さあ、ジョセフ、あなたのヴァイオリンを皆様に聴いていただきましょう」
「はい、母上」
ジョセフはピアノの前に立ち、ヴァイオリンを奏でた。
セレスティアは、この日初めてヴァイオリンの音を聴いた。
ジョセフが演奏する曲は初めて聴く調べであったが、時には甘く艶っぽく聴こえたかと思うと柔らかく澄んだ音色に変わる。
今まで本でしか知らなかったヴァイオリンの音に、セレスティアは震えるような感動を覚えた。
演奏が終わったジョセフに、セレスティアは心から拍手を送った。
ジョセフが三曲披露した後で、
「では、次はセレスティアさんと合奏ね」
スコット伯爵夫人は、にこやかな笑みを浮かべてセレスティアに声をかけた。
「はい」
セレスティアは静々とピアノに進み、椅子に腰を掛ける。
今から演奏する曲は半年前に習っていた遥かな故郷である。
ジョセフが、「セレスティアは遥かな故郷を弾ける」と母親に話したことがきっかけで、二人が合奏することになってしまった。
遥かな故郷の作曲者はウイキヌス王国出身で、ジョセフの母親の故国でもある。
幼い頃から慣れ親しんだこの曲を、息子のヴァイオリンとピアノの合奏で聴きたいと、わがままを言うことも仕方のないことだと思われた。
ジョセフは母親を喜ばせたいという思いで引き受け、セレスティアに同意を求める文を送ったのである。
体裁を重んじるエマーソン伯爵が反対することはなく、失敗がないようにと、セレスティアに釘を刺しただけであった。




