13話 話かけないで
自分を睨むメリンダを見て、セレスティアはいつもの微笑みを貼り付けたまま、心の中でため息をついた。
淑女が自分の気持ちを表情に出したらダメなのに……。
「今は、遥かな故郷を練習しています」
「そうなんだ。あの曲、結構難しいよね」
「はい。ですから、わたくしなんて、まだまだですわ」
ああ、早くこの話題から離れて欲しい。
ジョセフ様、メリンダはピアノを止めてしまいました。
メリンダが話せる話題でお願いします。
しかし、セレスティアの思いはジョセフには届かない。
「じゃあ、先生から合格をいただいたのは、何の…」
「ジョセフ様、ピアノの話はもういいじゃないですか」
メリンダが話しの途中で割って入った。
ああ、メリンダ、それは悪手よ。
しかしメリンダは自分の失態を気にすることもなく、ジョセフの意識を自分に向けたくてしかたがない。
「私ね、お母様から新しいネックレスを買っていただいたのよ。ほら、きれいでしょう?」
自慢げに、胸元の赤いルビーを摘まんで見せた。
「あ、ああ、きれいだね。ところでセレスティア、君のネックレスは前と同じだけど、買ってもらわなかったの?」
「いえ、わたくしは、このネックレスが気に入っているのですわ」
ネックレスなんて買ってもらっていないから、いつも同じものをつけているのだけれど、問題はそこじゃない。
ジョセフ様、どうしてわたくしのネックレスなんて覚えているのですか?
お願いだから、わたくしに話しかけないで。
メリンダの顔が、ますます不機嫌になっているわ。
話題を変えないと……
「そうだわ。そろそろボードゲームをしませんか?」
「いいけど?」
ジョセフの同意を得てほっとしたセレスティアは、用意していたボードゲームの中から二人対戦で遊べるものを選んでテーブルに出した。
「ジョセフ様とメリンダで遊んでくださいませ。わたくし、どうも体調がすぐれないようなので、申し訳ございませんが別室で休ませていただきます」
このままではジョセフがますます自分に話しかけてくると思ったセレスティアは、自分がいなくなることで、メリンダの機嫌を直してもらうことにした。
一人になったセレスティアは、裏庭のベンチで宿題をすることにした。
周りの木々は紅く色づき、肌をなでる風はひんやりとしている。
今週の宿題は、近隣諸国の名前と歴史、文化、そして王族の名前を覚えること。
紙に書き写したそれを手に、ベンチに座ってブツブツと声に出して覚えることに専念し始めた。
「お嬢様? メリンダお嬢様から逃げてきたのですか?」
セレスティアが顔を上げると、目の前にエルヴィンが立っていた。
「ふふっ、そうなの。時間を有効利用したくて、ここで宿題をしているのですわ」
ピンクのドレスの花の妖精が、にっこりと微笑んでアメジストの瞳で自分を見上げてくれた。
この笑顔は嘘偽りの笑顔じゃない。
エルヴィンは顔が一瞬赤くなるのを感じたが、できるだけ平静を装った。
「よろしければ、またお手伝いしましょうか?」
「お仕事はよろしくて?」
「大丈夫です。今日の仕事は終わりましたから」
本当は嘘だけど、じいちゃんはセレスティアお嬢様がらみなら、怒らないから大丈夫。
「では、お願いしますね。隣に座ってください」
エルヴィンがベンチに座ると、セレスティアは紙を手渡した。
書かれている文字は、8歳の子どもが書いたとは思えないほど丁寧で美しい。
「この宿題、前回はきちんと覚えられなくて、先生から罰を受けたのです。だから今回は完璧に覚えたいのですわ」
「罰って、手のひらを叩かれるんですよね」
「ええ、そうですわ。でも、ちゃんと加減をしてくださるから、さほど痛いわけではないのです」
「お嬢様が罰を受けるなんて珍しいですよね」
「前回は、メリンダに本を隠されてしまったから。当日の朝には出てきたのですけれど、時間が足りなくて……」
実際にメリンダが本を盗むところを見たわけではないが、フローレンスにフェルールで手のひらを叩かれているところを、嬉しそうにドアに隠れて覗いていたから、彼女で間違いないだろう。
だが、この日の罰は、セレスティアにとって、とても印象深い罰になった。
フローレンスはちらりとドアに目を向けた後、セレスティアに神妙な面持ちで罰を宣言したのだ。
「セレスティア嬢、約束ですから私はあなたに罰を与えます。あなたが罰を受けたくないのなら、どうすれば罰を受けなくて済むようになるのか、頭を使うのです。優秀なあなたなら、それができるはずです」
「先生からいただいた言葉を考えて、本を隠されても困らないように、紙に書いたのですわ。では、わたくしが暗唱するので、正しいか見てくださいね」
セレスティアが近隣諸国の名前と王族の名前、歴史、文化を暗唱し、エルヴィンはセレスティアの手書きの文書を見て確認していく。
このお手伝いは、エルヴィンが文字を読めると知ってから、セレスティアが時々お願いするようになったのである。
エルヴィンは、セレスティアの可愛らしい声を聞きながら、文字が読めて良かったと思うのだった。
セレスティアが暗唱に夢中になっていると、背後から声を掛けられた。
「セレスティア、こんなところにいたのか」




