11話 マキ割り
貴族令嬢が、マキ割りをおねだりするなんて……。
エルヴィンは目を丸くしてセレスティアを見たが、下から見上げてくる宝石のような紫の瞳に抗うことはできなかった。
「あの、ちょっとだけですよ」
「まあ、嬉しいわ。ありがとうエルヴィン」
摘んできた薬草を干し終わったセレスティアは、にこにこしながらエルヴィンと一緒にマキ割り場に向かった。
「えーと、まず斧の持ち方ですが……」
エルヴィンは二本の斧を倉庫から出し、一つをセレスティアに渡した。
見本を見せてセレスティアに真似をさせる。
「いきなり思いっきり斧を振るのは危ないので、ゆっくりと木に当てることから始めましょう」
「わかったわ」
「では、このように斧を上に振り上げて、あっ、ゆっくりですよ。危ないから」
「ええ、こうね?」
セレスティアは斧を頭上高くにゆっくりと振り上げたのだが、斧の重さに耐え切れず、ぐらりとふらついてしまった。
「お、お嬢様、危ない!」
エルヴィンは慌てて自分が持っていた斧を投げ捨てて、セレスティアを右手で抱き留め、もう片方の手で頭上の斧を支えた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「あっ、ご、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして……って、お嬢様、すみません。俺なんかがお嬢様に触ってしまいました」
エルヴィンはセレスティアの腰に回していた右手を離し、支えていた斧を取り上げて、頭を下げた。
「本当にすみませんでした!」
「エルヴィン、ふらついて危なかったところを助けてくれたのだから、あなたが謝る必要はありません。わたくしこそ、無理を言ってあなたを困らせてしまったみたい。ごめんなさい」
「お、お嬢様が、俺なんかに謝るなんて……」
「では、この話はこれで終わりにしましょう。これ以上迷惑をかけてもいけないから、マキ割りは見ているだけにしますね」
「は、はい、その方が良いと思います」
緊張しっぱなしのエルヴィンを見て、ふふふっとセレスティアは笑った。
その笑顔が眩しくて、エルヴィンはますます緊張してしまうのだった。
その夜、エルヴィンはベッドで寝ているとき、右手を見て思い出していた。
セレスティアお嬢様の腰に手を回して抱き留めてしまった。
妖精のように美しくて可愛らしいお嬢様。
暖かくてふわっとしてて、いい香りがした。
初めて見た日のようなきれいなドレスではなかったけれど、服装がお嬢様の気品や美しさを損なうことはなかった。
平民の俺が抱いてしまったのに、ありがとうって言ってくれた。
ごめんなさいも言ってくれた。
「ああ、セレスティアお嬢様!」
エルヴィンは火照った顔で、枕をぎゅっと抱きしめるのだった。
マキ割りをしていると、時折り、風に乗ってピアノの音が聞こえてくる。
初めはたどたどしいピアノの音が、一週間後には美しい旋律となって耳に届くようになる。
セレスティアが言うには、家庭教師のフローレンスが、毎週課題を出すので、それを一週間かけて仕上げているのだそうだ。
楽器を習得するのは貴族令嬢のたしなみの一つで、セレスティアはピアノを選んだと言っていた。
違う時間帯にもピアノの音が聞こえてくることがあるが、それはたまにしか聞こえないし、たどたどしいピアノの音は、一週間たってもどんな曲なのかわからないままだ。
結局、そのピアノの音は、いつしかまったく聞こえなくなった。
おそらく練習嫌いなメリンダがピアノを習うこと自体を諦めたのだろうと、エルヴィンは思った。
しかし、これから先の未来に、まさかピアノが原因でメリンダの愚行が炸裂するとは思いもしなかった。




