10話 本当の笑顔
ベンジャミンは森の木を斧で切り倒し、それを馬に引かせて作業場まで運び、のこぎりで切断した後、斧で割ってマキを作る。
出来上がったマキは、荷車でマキ小屋に運び乾燥させる。
どの工程にも力が必要で、毎日それをしているから、ベンジャミンの身体は鍛え上げられた筋肉で固くしまっている。
エルヴィンの筋肉がここまで立派に育つには、まだまだ時間がかかりそうである。
エルヴィンは斧の使い方を教えてもらって、マキ割りから始めた。
商人の息子としての教育を父親から受けていたエルヴィンにとって、マキ割りは思いの外、難しく重労働だった。
ベンジャミンがいつも簡単に斧でマキを割っているのを見ていたから、自分でも簡単にできると思っていた。
だが実際にやってみて、それは無知な思い上がりだったのだと反省するのだった。
ベンジャミンは弓の名手でもある。
森に住む兎や鹿、イノシシなどの獣を矢で射抜き、屋敷の調理人に渡している。
エルヴィンは弓の使い方も教えてもらい、的を射る練習も始めた。
馬の上からでも的の中心に当たるようになれば、狩りに連れて行ってもらう約束をしている。
初めのうちは斧の使い方が悪く、へっぴり腰でうまく木を割れなかったが、何度も挑戦しているうちにコツがつかめて来て、時間はかかるが、なんとか割れるようになってきた。
と言っても、ベンジャミンが割れやすい木をエルヴィンに譲ってくれるからなのだが。
マキ割りをしていると、嬉しいこともあった。
屋敷を追い出されたセレスティアが、そばに来て応援してくれるのだ。
「お嬢様、そばにいると危ないですよ」
「では、どこで見ていたら良いのかしら?」
「では、俺の後ろで、必ず離れた場所でお願いします」
「わかりましたわ」
エルヴィンは、後ろにセレスティアの気配を感じながら斧を持つ。
見られていると思うとドキドキするし、顔が熱くなってくるし、絶対に失敗したくないと思うと、斧を持つ手にも自然と力が入る。
振り上げた斧で、スパンッときれいに木の塊が割れた。
「すごいですわ、エルヴィン。上手に割れるようになったのですね」
セレスティアは手を叩いて本当の笑みを浮かべて喜んでくれた。
その笑顔は、無理に貼り付けた微笑みではなかった。
エルヴィンは、もっともっとセレスティアに喜んで欲しくて、マキ割りに夢中になった。
「なあ、じいちゃん、最近お嬢様が、俺に本当の笑顔を見せてくれるようになったよ」
「本当の笑顔って?」
「初めて会ったとき、お嬢様は偽物の微笑みを顔に貼り付けていた。なんだかすごく無理をしているみたいで、俺、見ていて苦しくなったんだ」
「お前は、偽物の笑顔と本物の笑顔を見分けられるのかい?」
「ああ、俺は父さんの仕事について回っていたからね。商人は、いや大人って言うべきかな? 嘘の笑顔でごまかそうとするし、さも優しいフリをして騙してくるヤツもいたよ」
「そうか」
「だから、お嬢様が本気で笑ってるってわかるんだ。俺、お嬢様が笑ってる顔を見たら、すごく嬉しくなるんだ。」
「そうか、それは良かったな」
ベンジャミンは、可愛い孫の淡い恋心を思うと不憫になった。
だが、嬉しそうな顔を見ていると、釘をさすこともできなかった。
せめて、いつか訪れる別れに、傷つかないで欲しいと願うばかりだった。
セレスティアは、週に二、三回ほど屋敷を追い出されていた。
だが、追い出されたからと言って、悲しむことも怒ることもしなかった。
いつも外にいる時間を有効活用しようと考えている。
薬草を摘むのも、彼女にとっては時間の有効活用なのである。
セレスティアが薬草を摘む際は、エルヴィンも一緒になって手伝った。
三ケ月が過ぎた頃には、エルヴィンも薬草が生えている場所や、名前と効能が少しは言えるようになっていた。
「ねえ、エルヴィン、薬草摘みが終わったら、わたくしにもマキ割りをさせていただけないかしら?」
セレスティアがアメジスト色の瞳をキラキラと輝かせて、エルヴィンにお願いした。




