106話 手術
「殺すぞぉぉぉ!」
「ぎゃー!」
理性を失ったような叫び声が聞こえた後、
「たいへんだ、ビリーが切られた!」
「このままでは死んでしまう」
「血が噴き出ているぞ!」
やじ馬たちが口々に叫ぶ声も聞こえて来た。
「騎士様、たいへんです。ビリーが足を切られて動けません」
テントの前で護衛を続けているルベンに、救いを求めて女が走って来た。
「切った犯人は?」
「ビリーの知り合いなんですけど、慌てて逃げていきました」
テントの中で話を聞いていたセレスティアは、外に出た。
「今すぐに縫合手術をします。患者をここまで運んで来てください」
テントの中ではリリアンたちが、セレスティアに教えてもらった毛布と二本の棒で作る簡易担架をこしらえていた。
「この担架で急いで患者を運んで来てください」
「ですが我々は護衛ですので、持ち場を離れることはできません」
犯人が逃亡している今、セレスティアの命令であっても、ルベンは聞くことができなかった。
「では、ルベンは残って、あなたたちが運んでください。出血が酷いようなので急いでください」
セレスティアの強い気迫と威圧感に、護衛騎士の二人は抗うことができなかった。
「かしこまりました。今すぐ運んで参ります」
担架を持って騎士二人が走り出す。
「こっちです」
女の案内で、彼らはすぐにビリーを担架に乗せて運んで来た。
男の腹と太ももがざっくりと切れて、そこから血がドクドクと吹き出ている。
「ううっ、痛い!うううっ」
テントの中に作った簡易ベッドに寝かせたが、男は痛さで身をよじり、うめき声を上げている。
セレスティアは騎士に頼んで男の服を脱がせた。
「幸いなことに腹部の傷は内臓まで達していませんが、太ももの傷は深いですね」
多くの血が流れ、リリアンたちは真っ青な顔をして震えているが、セレスティアは極めて冷静に傷の深さを見極める。
「今から魔石液で傷口を洗い流します」
セレスティアは手術の手順を声に出す。
魔石液とは、ウイキヌス王国で開発された医療用の消毒液である。
魔石の力の応用で、傷口に優しい消毒液を大量に作ることができるのだ。
セレスティアは、こういうときのために、馬車に大量に積んでおいた。
傷口を魔石液で十分に洗い流した後、セレスティアは次の手順を声に出す。
「今から縫合します。患者が動かないようにしっかりと押さえてください。リリアンはわたくしの助手をお願いします」
騎士三人と侍女二人で、男をがっちりと押さえて身動きが全くできないようにした。
セレスティアは、魔石液で消毒した針と糸を使って傷口を縫い合わせていく。
その技術は迷いなく早く的確で、あっという間に腹も太ももも縫い終わった。
その後は魔石液で消毒をして包帯で患部をぐるぐると巻き、手術は無事に終わった。
セレスティアはテントの外で待っている女を中に入れた。
「もう大丈夫ですよ。後は安静にしてこの薬を毎日飲ませてくださいね」
「ありがとうございます。あんなに血が出て、もう死ぬんじゃないかと思いました。この人が生きていられるのも皆様のお陰です」
女は泣きながら礼を言う。
女はビリーの恋人で、一緒に暮していると言うので、女の家まで騎士二人が担架で運んだ。
手術が終わり、静かになった診療所では、次の患者が列を成していた。
「先生はすごいね。ビリーは死ぬんじゃないかと思ったよ」
「こういうことは、ここではしょっちゅう起こってね。その度に人が死ぬのさ」
あっけらかんと死を語る患者たち。
初日に何の問題もなく診療を終えたセレスティアであったが、それは運が良かっただけだったのだと改めて思うのだった。
セレスティアの医療技術を目の当たりにして、護衛騎士ルベンは感動していた。
セレスティアに医療の知識があることはわかっていたが、まさか針と糸を使った手術ができるとは思っていなかったのだ。
あの血まみれな姿を見ても動じることなく冷静に指示を出し、迅速かつ的確に手術を施し患者の命を救った。
これほどの技術を医療巡回だけで終わらせるのはもったいない。
そう思ったルベンは、水宝宮に戻ってからセレスティアに一つの提案をした。




