104話 貧民街
「無料の医療活動? セレスティアがやりたいと言うのなら、やらせてみてもいいんじゃないか? それで王室の評判が良くなれば喜ばしいことじゃないか」
エドマンドはあっさりとセレスティアの希望を認めた。
セレスティアは、侍女リリアン、オーブリー、ミアの三人に手ほどきをして、助手として看護師として働けるようにした。
非常に真面目な彼女たちは、熱心に仕事を覚え、看護師の仕事にも前向きである。
お蔭で九月には護衛騎士のルベンとその部下二人ともに、巡回検診ができるようになった。
王都の住人で、病気やケガをしても治療を受けられない人々が数多く住んでいる場所は貧民街である。
セレスティアは、まずそこから巡回したいと申し出た。
「王女殿下が行くような場所ではございません。危険すぎます」
ルベンは眉間にしわを寄せて反対する。
「場所で差別してしまったら、無料巡回検診の意味がありません。危険は承知の上です。ですが、そのために護衛騎士の皆さまがいるのでしょう?」
セレスティアの説得に、結局ルベンが折れた。
巡回検診の初日、馬車に医療に必要な薬や器具を載せ、セレスティアは三人の侍女と一緒に乗り込んだ。
医療活動の服装に、王女のドレスは重すぎて動きにくい。
セレスティアはドレスを脱ぎ捨て、侍女たちと同じ質素なモスグリーンのワンピースに白いエプロンとナースキャップ姿で働くことにした。
「四人とも同じ服装だと、誰が医者だかわかりませんね」
赤髪のリリアンが笑いながら言う。
「お嬢様が王女様だってこともわからないでしょうね」
これは金髪のオーブリー。
「私、看護師の仕事なんて初めですから、緊張してるけど楽しみにもしてるんですよ」
茶髪のミアの言葉に、皆がうんうんと頷いた。
三人とも、貧民街に行く恐怖を表に出さないようにしているのが伝わってくる。
「皆が快く引き受けて、ついて来てくれたことが何よりも嬉しいわ」
セレスティアは、心からの笑みを浮かべた。
馬車は賑やかな表通り、町の人々の住む住宅街を抜け、壁が崩れそうなボロボロの住宅が建ち並ぶ貧民街についた。
めったに見ることがない王家の馬車が停まっただけでも注目を浴びるのに、護衛騎士が三人も張り付き、馬車から降りてきたのは四人の看護師と見られる若い女。
いったい何事が起こったのかと、人々がわらわらと集まって来た。
「おはようございます。国王陛下より派遣された巡回検診です。皆さん、身体のことで何かお困りのことはありませんか?」
セレスティアが優しい笑顔で挨拶をすると、そばにいた少年が怒った顔で口を開いた。
「巡回検診? なんだそれ? 金がないのに検診なんて受けられるはずがないだろう? そんなことより俺たちには金が必要なんだよ。検診よりも金をくれよ」
「申し訳ございません。言い忘れてしまいましたが、この検診は無料です」
セレスティアは笑顔を崩さず少年に答えた。
「ほ、本当にタダなのか?」
「そうですよ」
「それなら、見てもらいたい子がいるんだけど」
ほっとしたのか、少年は態度が柔らかくなり、すぐそばの今にも崩れそうな古くてボロボロの家に皆を案内した。
家に入る前に、感染予防のために皆はマスクを着用する。
「俺の妹なんだけど、五日前から熱が下がらないんだ」
狭い部屋のベッドの上で、5歳くらいの子どもが熱にうなされている。
咳はなく、発疹もない。
「他に同じ症状の人はいませんか?」
セレスティアは、流行り病を心配したが、この子どもだけだと聞きほっとする。
少年の両親は、働きに出ているので夜まで帰って来ない。
セレスティアは、解熱薬と、滋養に良い薬草を少年に渡して使い方を説明した。
「これでしばらく様子をみてください」
「妹の病気は治るの?」
「それは経過を見ないとわかりませんが、一週間後にまた来ますので、そのときにどうなっているか教えてくださいね」
「わかった。国王陛下もたまには良いことするんだな」
「ええ。国王陛下は国民のことを心配していらっしゃいますから」
少年の家から出ると、自分の病気も見て欲しいと、数人の大人が待っていた。
セレスティアたちは広場にテントを張り、簡易診療所を設けて診察を続けた。
貧民街は危険だと聞いていたが、決してそんなことはなく最後まで問題なく終わった。
テントをたたみ、皆は馬車で次の目的地へと移動する。
「お嬢様の身分を明かさなくて良かったのですか? これでは陛下だけの株が上がるように思いますが」
リリアンが少し不満げな顔をする。
「良いのです。このようなわたくしの勝手をお許しくださったのはお父様なのですから」
セレスティアは、いたって満足げな笑みを浮かべている。
「もう、お嬢様は本当に人が良いんだから」
リリアンは諦めたように言った。
次の目的地は救護院である。
貧民街の住人は、まだ住む家があるが、救護院には住む家を追い出されたり、行き倒れになった人たちが保護されている。
そこでセレスティアは、現実の惨さを知ることになる。




