102話 芸術サロン
二か月はあっという間に過ぎ、八月になった。
王城内にあるエメラルド宮で催される芸術サロンに、セレスティアは招待された。
夏と言っても、ベルランテ王国よりも北に位置するウイキヌス王国は、少し暑さを感じる程度で比較的涼しい。
「わたくしの公務である芸術の振興を、あなたにも見てもらいたいの」
セレスティアは、ウイキヌス王国の芸術に触れることができる催しに誘ってくれたレジーナに感謝していた。
サロンに入ると、既に招待客がたくさん詰めかけていて、皆が思い思いに絵画の鑑賞を楽しんでいる。
壁に、又はイーゼルを使って、有名画家やまだ名の知られていない新進気鋭の画家の絵が、まるで美術館のように飾られている。
セレスティアは、フローレンスに連れて行ってもらった美術館を思い出す。
屋敷から出ることができる唯一の行事だった。
エルヴィンが、従者としてついて来てくれたことが懐かしい。
広間にはピアノが置かれ、画家だけでなく、音楽家のお披露目もできるようになっている。
セレスティアは、レジーナを見つけるとすぐに挨拶に向かった。
「王妃陛下、この度はわたくしをお誘いくださいましてありがとうございます」
丁寧なカーテシーでお辞儀をする。
「どうぞ楽しんでいらしてね。そうだわ。今日はわたくしが案内してあげましょうか?」
「いえ、王妃陛下に案内していただくなんて、畏れ多くて…」
「あら、遠慮しなくて良いのよ」
レジーナは、にっこりと微笑みかけてセレスティアを誘う。
そんな二人のやりとりを見ていた回りの招待客から、囁きが漏れ聞こえる。
「まあ、さすが王妃様だわ」
「側妃様のお子にも分け隔てなくお話になるなんて、何と懐の深いお方だ」
「今日のサロンも完璧だ。王女殿下も見倣うと良いね」
レジーナは耳を大きくして、鼻はツンと高くなる。
「それでは行きましょう」
半ば強制的ではあったが、セレスティアは、レジーナの心遣いを有難いと思いながらついて行った。
レジーナは、まるで写真のように生き生きと描かれた赤いドレス姿の若い女性の絵の前で止まった。
軽く腕を組み、こちらを見て微笑んでいる姿は、絵を通り越して見つめられているような気持ちになる。
セレスティアは、その美しい婦人に吸い寄せられるように見入っていた。
「この絵の画家はプルトー・ビクトール。放浪の画家としても有名なのよ。先々代の王妃が支援して世界的に有名な画家になりました。ご存知かしら?」
この絵の画家は、セレスティアが初めて美術館に連れて行ってもらったときに、感銘を受けた画家であった。
ジョセフに特別に人物画を見せてもらったことを、今でも昨日のことのように覚えている。
「ええ、よく存じております。わたくしはプルトーの、『夕陽色に染まる港』が大好きでした。人物画は、彼が行く先々で得た恋人を描いたと聞いております」
「あら、よく知っているのね」
出端をくじかれたレジーナは、少し苦笑いで応えた。
「王女殿下は、プルトーがお好きなようですが、この『赤いドレスのイメリア』は、いつ頃の作品かご存知ですか?」
間に入ってきたのは、上質なスーツを着た中年の男である。
リスボン伯爵と名乗った彼は、芸術の関心が高く、気に入った芸術家に多大な支援をしている。
セレスティアは、子どもの頃に好きになったプルトーについて、詳しく調べていた。
「プルトーは、年と共に恋の数が増えるにつれ、嫉妬深くなり狂気の中で絵を描いたと言われてます。この絵の背景の淀んだ色から考えて、おそらく晩年の作品かと」
「いや、これは恐れ入った。この作品は、彼の最後の作品なのですよ。他にはどの画家がお好きですかな?」
リスボン伯爵の問いにセレスティアは、流暢に答えて行く。
レジーナは、格の違いを見せつけるつもりだったが、セレスティアの知識の深さに途中から諦めてしまった。
サロンの入り口が急にざわめき出した。
にわかに登場した青年に、黄色い声が湧き起こっている。
「まあ、今日は彼の演奏が聴けるのかしら」
「彼の奏でる音色は、まさしく天上の調べ、うっとりするのよ」
「お顔も最高だもの」
皆の注目を浴びる青年へと、レジーナが歩み出た。
「ジョセフ、待っていたわ。あなたの演奏が聴けるなんて、久しぶりだわ」
「王妃陛下、お久しぶりです。舞踏会でお会いして以来ですね。本日は芸術サロンにお招きくださりありがとうございます」
「皆あなたの演奏が聴ける日を、ずっと心待ちにしていたのよ」
レジーナは、ピアノのある広間の中央に意気揚々と歩み出た。
皆は期待を込めた目でレジーナを見ている。
「本日は皆様へのサプライズとして、久しぶりにジョセフの演奏をお届けします。皆様ご存知の通り、ジョセフは前国王陛下の姉の孫に当たりますが、バイオリンの腕は超一流、とくとお聞きください」




