EP 3
世界神、最低賃金(時給銅貨8枚)で働く――天界からホームセンターへの左遷
「……ううっ、頭がガンガンするぅ……オリンのハゲェ、予算を削るなぁぁ……」
翌朝。
ホームセンター・タローマンのバックヤードに設営された仮眠室(テントと寝袋)の中で、ピンクの芋ジャージ姿の女神、ルチアナが呻き声を上げて目を覚ました。
昨晩、リーザの完璧な接待と、日頃のストレスからプレミアムビールを深酒した彼女は、見事な二日酔いに見舞われていた。
「おはよう、ルチアナ。随分といいご身分だな。人の店の資材館で爆睡とは」
テントの入り口をバサッと開け、俺は冷ややかな声で声をかけた。
手にはバインダー、首にはタローマンのロゴ入りストラップとボールペン。完全に『朝のシフトを仕切る店長』の顔である。
「んみゅ……? あ、あんた……ハルタじゃないの。ふぁぁ……ちょっと、お水ちょうだい。できれば冷たいミネラルウォーター。あと、胃薬も」
「ふざけんなよ。誰が二日酔いの駄女神に水と薬をタダで支給するんだ」
「はぁ!? あんたねぇ、相手は世界神よ!? このアナスタシア世界を管理する絶対的な存在に向かって――」
「昨日、俺の店で飲み食いした分の伝票だ。確認しろ」
俺は女神の威圧を1ミリも気にすることなく、バインダーに挟んだレシートをルチアナの目の前に突きつけた。
「え……?」
「プレミアムビール4本、厚切りベーコン2パック、ピリ辛枝豆。合計で銀貨1枚と銅貨5枚(約1500円相当)だ。まさか、タダで酒飲みに来たのか? そんなに世の中甘くないぜ」
俺が冷徹に告げると、ルチアナは目を白黒させながら、自分のハンドバッグ(質屋のレンタル品)をガサゴソと漁り始めた。
だが、その中から出てきたのは、昨日リーザがそっと戻した『リボ払い最終督促状』の束と、ホコリだけである。硬貨の一枚すら入っていない。
「うそ……っ。私、今月の天界のお給料、全部ソシャゲのガチャ(月人君ピックアップ)で溶かしちゃって……いや、待って! 神の奇跡で金塊を出してあげるわ! 創造魔法で――」
「愚問だ。無から有を生み出す創造魔法は、莫大なマナ(天界予算)を消費する。現在の貴様の魔力残量と、リボ払いで首が回っていない信用情報を鑑みれば、金塊の錬成など不可能だ」
テントの横から、エプロン姿のアラトがタブレットを片手に現れた。
彼は口の中でイチゴ味の飴玉をガリッ!と噛み砕き、冷酷な計算結果を告げる。
「現金を持たずに飲食を行った場合、ルナミス帝国の法律に基づき、無銭飲食として警察に突き出すか、あるいは『労働』による返済を選択してもらう。ハルタ、彼女のシフトと返済プランの構築は完了しているぞ」
「よし。ルチアナ、お前は今日からタローマンの新人アルバイトだ。時給は銅貨8枚(800円)。借金完済まで、きっちり働いて返すんだな」
俺はバックヤードのフックにかかっていた『タローマン・新人用エプロン』をルチアナの顔面にバサッと投げつけた。
「はぁぁぁっ!? し、時給銅貨8枚!? ふざけないでよ! 私は第3種惑星創造神格公務員なのよ!? なんでこの私が、末端の人間みたいに肉体労働を――」
「嫌ならルナミス警察を呼ぶ。神様が『無銭飲食で逮捕』なんてゴシップが流れたら、ゴッドチューブのPV率どころか、天界での立場も終わるんじゃないか?」
「…………っ!!」
俺の脅し(事実)に、ルチアナはギリッと歯を食いしばり、屈辱に震えながら芋ジャージの上にエプロンを身につけた。
「……お、覚えてなさいよ! こんな借金、神の力を使えば一瞬で終わらせてやるんだから!」
◆
数十分後。
ホームセンターの園芸コーナー。
「ふふん! 見てなさい、これが世界神の『品出し』よ!」
ルチアナは、山積みにされた『化成肥料(20kg)』のパレットの前に立ち、得意げに両手を掲げた。
手作業で運ぶつもりなど毛頭ないらしい。彼女の指先から黄金の神気が放たれ、空間が歪む。
「創造魔法・展開! 『化成肥料』の概念を複製し、あの空の棚に直接具現化しなさい!」
ピカーンッ!
眩い光と共に、陳列棚の隙間に、黄金色に輝く化成肥料の袋が次々と自動で錬成され、綺麗に並べられていく。
物理法則を無視した、まさに神業。ルチアナは「どやっ!」とばかりに鼻高々で俺たちを振り返った。
「どう!? これで品出し完了よ! これなら10分で借金分くらい――」
「バカヤロウッ!! 何してんだお前は!!」
俺ではなく、アラトが凄まじい剣幕で怒鳴り声を上げた。
彼はタブレットを放り投げんばかりの勢いでルチアナに詰め寄り、錬成された黄金の肥料袋を指差した。
「ハルタが独自に構築した在庫管理システム(POSレジ連動)を舐めるな! 貴様が魔法で出したこの袋には、商品の『バーコード(SKU)』が付与されていないだろうが! こんな幽霊在庫を勝手に棚に並べたら、データベースのアルゴリズムが完全にクラッシュするぞ!!」
「えっ? ばーこーど……?」
「そもそも中身の成分保証もない! 神気を含んだ肥料など、その辺の農家に売ったら畑が世界樹の森に変異するバイオハザードが起きる! 愚問な真似をするな、今すぐ全部消去して、手作業で『本物の在庫』を運べ!!」
元SEの怒りのデスマーチ・モードに入ったアラトの理詰めの説教に、ルチアナは「ひぃっ!?」と情けない悲鳴を上げて後ずさりした。
「い、いや、だって……20キロもある袋を、手で運ぶなんて無理よ……私、天界じゃデスクワークしかしてないのに……」
「知るか。それがホームセンターの仕事だ。バーコードを前に向けて、綺麗に並べろ。落として破いたら給料から天引きだからな」
俺が冷酷に言い放つと、ルチアナは涙目で、重さ20kgの化成肥料の袋を抱え上げた。
「んんっ……! 重い……っ! 腰が……腰が砕けそう……っ!」
プルプルと生まれたての子鹿のように震える健康サンダルの足。
普段、マイタンブラーで激甘のアップルティーをすすりながら、地球の猫動画を見ているだけのなまくらボディに、20kgの肉体労働はあまりにも過酷だった。
「はいはーい! 全国、いや全世界のリスナーのみんな、おはきゅらー!」
そこへ、最悪のタイミングで闖入者が現れた。
天使族の下級天使にしてトップ配信者・キュララである。彼女はエンジェルスマホを複数台宙に浮かせ、ルチアナの無様な労働風景をあらゆるアングルから撮影し始めた。
「緊急生配信が始まるよー! 本日の企画は『世界神の生活の実態、リアリティショー』! なんと、あのアナスタシア世界を統べるルチアナ様が、時給800円で肥料を運んでます!」
「なっ!? あんた、キュララ!? ちょっとやめなさいよ! バズったら天界のオリンのハゲにバレるじゃないの!」
「大丈夫大丈夫、オリン様には『社会見学』ってことにしておくから! ほらほら、リスナーのみんな、神様が汗水流して働く尊い姿だよ! スパチャよろしくねー!」
キュララの実況に合わせ、配信のコメント欄が凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
『うわ、ガチのルチアナ様じゃんwww』
『芋ジャージにエプロンとか、解釈一致すぎて草』
『20キロの袋で顔真っ赤にしてる神様、推せる』
『頑張れー! (チャリーン♪)』
「あ、ありがとうリスナーのみんな! スパチャは全部私とリーザちゃんで山分けするからね!」
「なんであんたの口座に入るのよぉぉぉ! 私の借金返済に回しなさいよぉぉ!」
ルチアナが肥料袋を抱えたまま絶叫する。
だが、その背後から、赤い芋ジャージ姿のリーザがスッと歩み寄ってきた。
「ルチアナ様。労働のコツをお教えしますわ」
リーザは、ルチアナが抱えている肥料の袋の下に、スッとホームセンターの『平台車(キャスター付きの板)』を滑り込ませた。
「重いものは、絶対に持ち上げてはいけません。重力を利用して、台車に『滑らせる』のですわ。そして陳列する際も、腕の力ではなく、膝のクッションを使ってテコの原理で押し込む……こうです!」
シュバッ! と。
リーザは見事な足捌きと体重移動で、20kgの袋を一切の無駄なく台車から陳列棚へとスライドさせてみせた。
日々の過酷なポイ活と、炊き出しの最前線で培われた、底辺特有の『無駄なカロリーを消費しない身体操作』である。
「す、すごい……! さすがリーザ、労働のプロね……!」
「ルチアナ様も、最初は辛いかもしれませんが、慣れれば呼吸をするように品出しができるようになりますわ。ほら、台車を押して!」
「う、うん……! よいしょ、よいしょ……!」
女神と人魚。
二つの芋ジャージが並んで平台車を押し、ホームセンターの通路を往復する。
キュララがそれを面白おかしく実況し、アラトがストップウォッチで作業効率を計測する。
俺は少し離れたレジカウンターから、その光景を静かに見守っていた。
神様だろうが、なんだろうが。
汗を流して働き、価値を生み出し、対価を得る。
俺は力で誰かを支配するつもりはない。ただ、この「当たり前の現実」だけは、誰であっても等しく守らせる。
「……しかし、あの駄女神。台車一つ押すだけであんなに息を切らして……。明日には全身筋肉痛で動けなくなりそうだな」
俺はため息をつきながら、レジ下の棚から『100円のツボ押しローラー』と、大量の『冷感湿布』を引っ張り出した。
休憩時間になったら、あいつの肩にでも貼ってやるか。
ブラック企業の理不尽な上司と違い、俺は頑張って働くアルバイト(従業員)には、ちゃんと福利厚生を提供する立派な店長なのだから。
ドタバタと騒がしい、ポポロ村の朝。
世界神の最低賃金バイト生活は、まだ始まったばかりだった。




