第十一章 世界神の最低賃金バイトと、天界からの取り立て屋
降臨! 芋ジャージの女神と、底辺アイドルの完璧なる接待
ルナミス帝国と獣人王国、そして魔皇国の三か国が睨み合う緩衝地帯。
そのど真ん中に位置する辺境の地『ポポロ村』は、今や大陸で最も狂っていて、そして最も文明的な要塞と化していた。
その中心にそびえ立つ、破壊不可能な10階建て鉄骨マンション。
一階部分に広がる俺のユニークスキルにして巨大なインフラ拠点、『ホームセンター・タローマン』の店内は、今日の朝も平和な静寂と蛍光灯の無機質な光に包まれていた。
「……ハルタ。園芸コーナーの化成肥料の在庫が残り30袋を切った。次回の自動補充まで持つか微妙なラインだ。在庫管理データベースのアルゴリズムを少し調整する必要があるな」
「そうだな。最近はスアイの奴が開拓DASH村のノリで畑を広げまくってるからな。肥料の消費スピードが異常だ。まあ、足りなくなったら腐葉土でも作らせるさ」
俺――元ブラック企業のホームセンター店長であり、現在は異世界でインフラの王として君臨(?)している神城春太は、首から下げたバーコードリーダーを弄りながら、相棒のアラト・バレンタインと在庫確認を行っていた。
エプロン姿のアラトは、タブレット端末(俺がスキルで出したもの)を指先で滑らせながら、口の中のイチゴ味の飴玉をガリッ!と噛み砕く。
異世界に来てまで在庫管理と棚卸しに追われる日々。だが、72時間連続でサービス残業を強いられ、上司の灰皿が飛び交っていたあの地獄の社畜時代に比べれば、ここは文字通り天国だった。
定時で上がり、美味い飯を食い、サウナに入ってふかふかのベッドで寝る。
俺はこの「当たり前の幸せ」を守るためなら、どんな理不尽な魔獣だろうが腐敗貴族だろうが、ホームセンターの防犯グッズと知恵で徹底的にへし折る覚悟ができている。
「よし、午前中の作業はこれくらいにして、休憩に――」
俺がそう言いかけた、その瞬間だった。
――ピキキキキィィィィッ!!
突然、ホームセンターの園芸コーナーと資材コーナーの間の空間に、凄まじい亀裂が走った。
空間そのものがガラスのようにひび割れ、そこから眩いばかりの黄金の『神気』が溢れ出してきたのだ。
荘厳な、まるで天界の聖歌隊が歌い上げるようなBGM(おそらく幻聴)が店内に鳴り響き、陳列されていたじょうろやスコップが、謎のエネルギー波によってガタガタと震え始める。
「な、なんだ!? 敵襲か!」
俺は瞬時に身構え、腰のベルトに装備していた『業務用熊避けスプレー(高濃度カプサイシン)』に手を伸ばした。
「ハルタ、下がれ! 空間の歪みから莫大なエネルギー値が検出されている! 次元を超えた転移魔法……いや、これは神格クラスの――」
アラトが警戒を露わにし、エプロンのポケットから撒菱と『滑りやすい油』を取り出して罠の構築態勢に入る。
黄金の光はさらに強さを増し、ついに空間の亀裂が完全に開き、一つの光の扉が形成された。
そこに現れたのは、逆光を背負って立つ、一人の女性のシルエットだった。
神々しい光の粒子が彼女の周囲を舞い、圧倒的なプレッシャーがホームセンターの空気を支配する。
ルナミス帝国軍の精鋭部隊でも、魔皇国の魔将軍でもない。
これは間違いなく、この世界そのものを管理する上位存在――『神』の降臨である。
光が、ゆっくりと収まっていく。
俺とアラトは息を呑み、その『神』の真の姿を直視した。
そこに立っていたのは。
「あー、もうっ! 最悪! オリンのハゲは相変わらずパワハラ気味だし、カグヤの泥棒猫は裏垢で私のことネチネチ叩いてるし! ゴッドチューブのPV率は伸び悩むし! 胃が痛いわぁぁぁ!」
色あせたピンク色の『芋ジャージ(上下)』をだらしなく着こみ、足元には近所のコンビニに行くような『健康サンダル』を突っかけた、永遠の17歳(自称)の姿だった。
手には、なぜか地球のコンビニのレジ袋が握られており、そこからは細長いネギが一本飛び出している。
金髪の美しいロングヘアは後ろで適当なシュシュで無造作に束ねられ、その美貌は、徹夜明けの疲れとストレスで見事に死んだ魚のような目をしていた。
第3種惑星創造神格公務員にして、このアナスタシア世界を管理する世界神。
女神、ルチアナである。
「なんだ? ルチアナかよ」
俺は、構えていた熊避けスプレーの安全ピンを無表情で戻し、深く、深くため息をついた。
あまりの威厳のなさに、先程までの緊張感が1ミリも残らず蒸発してしまった。アラトに至っては「……エネルギーの出力に対して、排出されたオブジェクトの質が低すぎる。バグか?」とタブレットを叩いている。
俺の冷めた声に反応し、芋ジャージの女神がパァン!と突っかけていた健康サンダルを鳴らしてこちらを睨みつけた。
「何だとは何よ! ちょっとは敬いなさいよこの罰当たりが! 私がいなかったら、あんたこの世界でホームセンターごと野垂れ死んでたかもしれないのよ!?」
「威厳ゼロのジャージ姿で現れておいて敬えってのも無茶な話だろ。で、今日は何の用だ? また仕事をサボって現実逃避か?」
俺が呆れ顔で指摘すると、ルチアナは図星を突かれたのか、ビクッと肩を揺らした。
「さ、サボりじゃないわよ! これは視察! そう、世界神による厳正なる抜き打ち視察よ! 決して、今月の予算を月人君(推しの地球のアイドル)のライブ遠征費とガチャに全ツッパしちゃって、天界の社食のうどんすら食べられないくらいお財布がピンチだから、あんたのところでタダ飯にありつこうなんて、これっぽっちも思ってないんだからね!」
聞いてもいないのに、己の悲惨な懐事情と横領(?)の事実を早口で暴露する駄女神。
どうやら本当に、金がなくてメシをたかりに来たらしい。
神様という絶対的強者であるはずなのに、彼女の口から出る不平不満は、ブラック企業で月末の支払いに怯える平社員のそれと完全に一致していた。
「……お前なぁ、神様なんだから自分で食べ物くらい創造すればいいだろうが」
「うるさいわね! 創造魔法使うのにもカロリーと予算がいるのよ! 今の私には、無からカップ麺を錬成する気力すらないの! あぁ、もうダメ……誰か私を甘やかして……冷えたビールと、美味しいおつまみで、私のこのすり減った精神を全回復させてぇぇ……」
ルチアナは園芸コーナーの肥料の袋の上にどさりと腰を下ろし、この世の終わりのような顔で愚痴をこぼし始めた。
俺は頭痛を覚え、こめかみを揉んだ。
相手は神様とはいえ、タダで飲み食いさせてやるほどタローマン(俺の店)は甘くない。どうやって追い返してやろうか、あるいは品出しのバイトでもさせて対価を払わせようか。俺がそう考えていた、その時だった。
「まぁまぁ、ルチアナ様! こんな資材置き場で立ち話(座り話)もなんですわ! ささっ、こちらへどうぞ!」
しゅたっ! と。
まるで無重力空間を滑るかのような、一切の無駄を省いた完璧な足捌きで、一人の少女がルチアナの横に滑り込んできた。
芋ジャージ(赤)に健康サンダルという、奇しくもルチアナと完全にペアルックの底辺ファッションに身を包んだ人魚姫。
シーラン国の女王リヴァイアサンの娘にして、ポポロ村の絶対無敵(貧困)スパチャアイドル、リーザである。
「な、なによあんた。急に……」
「ルチアナ様、日々のアナスタシア世界の管理、本当にお疲れ様ですわ! 世界の重圧をその細腕に背負うルチアナ様の尊いお姿……私、涙が出そうですわ!」
リーザは流れるような動作で、ホームセンターのアウトドアコーナーから『高級キャンプ用リクライニングチェア』を引っ張り出し、バサッと広げた。
さらに、横に小さな折りたたみテーブルを設置し、俺が売り物として冷蔵ケースで冷やしていた『キンキンに冷えたプレミアム缶ビール』と、惣菜コーナーの『厚切りベーコンの炙り焼き』、さらには『ピリ辛枝豆』を魔法のような手際で並べてみせたのだ。
「えっ……? ビ、ビール? しかもプレミアム……?」
「ささっ、どうぞ! まずは喉を潤してくださいませ! 栓は開けておきますわね! ポンッ! はいっ!」
リーザは満面の笑みで、最高のタイミングでプルタブを開けた冷え冷えの缶ビールを、ルチアナの両手にそっと握らせた。
缶の表面についた水滴が、ルチアナの干からびた喉と精神を強烈に刺激する。
「おつまみも、ルチアナ様のお好みに合わせて塩分を少し強めに効かせておりますの。天界での理不尽なストレス……このリーザが、少しでも癒やさせていただきますわ♡」
「あ、あんた……」
ルチアナの死んだ魚のような瞳に、みるみると光が戻っていく。
彼女は震える手で缶ビールを口に運んだ。
「……ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…………」
喉を鳴らして、一気に半分を飲み干す。
そして、プハーッ! と、まるで数日間砂漠を彷徨った旅人がオアシスに辿り着いたかのような、魂の底からの感嘆の息を吐き出した。
「ふぁぁぁぁぁぁっ……! 沁みるぅぅぅ……! なにこれ、最高じゃないの……!」
ルチアナはリクライニングチェアに深く体を預け、完全にだらしない顔で天を仰いだ。
そして、差し出された厚切りベーコンをパクリと頬張り、モグモグと咀嚼しては、再びビールで流し込む。
「んんっ! 脂の甘みと塩気が絶妙! ビールが進むわぁ……! あんた、なんて気が利く子なの!?」
「もったいないお言葉ですわ、ルチアナ様。私など、ただの通りすがりのアイドルに過ぎませんの」
「分かってるじゃないの! さすがはリヴァイアサンの娘ね! 海中国家の教育がしっかりしてる証拠だわ! よし、あんたには特別に、私の『天界の加護』を――」
「おいリーザ。それ、俺の店の売り物だぞ。誰が金払うんだ」
完全に「オッサンの晩酌」と化した女神の接待を、俺は冷ややかな声でぶった斬った。
だが、リーザは俺に向かってウインクを飛ばし、小声で囁いた。
「(春太さん、損して得取れという言葉をご存知ありませんの? 世界神にたった数百円のビールとツマミを接待するだけで、天界からの『加護』や『補助金』という莫大なリターン(スパチャ)が見込めるんですのよ! これは完璧な先行投資ですわ!)」
なるほど、炊き出しの最前線で鳩と食料を奪い合い、タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を繰り広げてきた貧困アイドルの計算(算盤)は伊達じゃない。
彼女は、目の前の駄女神が「権力と富の象徴」に見えているのだ。
「さぁさぁ、ルチアナ様! お代わりはいかがですか? まだまだたくさん冷えておりますわよ!」
「もらうわ! 今日はとことん飲んで、嫌なこと全部忘れさせてもらうんだから!」
完全にリーザのペースに乗せられ、機嫌を良くしたルチアナは、次々と缶ビールを空けていく。
俺はため息をつきながら、アラトを見た。
「……アラト。あのビールとツマミの代金、きっちりツケに回しておいてくれ。後で労働で返させる」
「愚問だ。すでに時給換算での労働シフトと、利息の複利計算は終わっている」
アラトのタブレットには、ルチアナに科すであろう「強制労働プログラム」が早くも構築されていた。
神様だろうがなんだろうが、ブラック企業で鍛え上げられた俺たちの前では、対価なしで甘い汁を吸うことなど許されない。
かくして、芋ジャージの駄女神と、強欲な底辺アイドルの、奇妙で思惑まみれの宴が、ホームセンターの一角で幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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