EP 8
最終卒業試験――崩落した橋と、相棒の『三分間・架橋工事』
「……カミシロ。これより、ルナミス魔導自動車教習所における『最終卒業試験』を開始する」
どんよりとした曇り空の下、教習所の発着場。
助手席に座るギド教官は、かつての威厳を取り戻すかのように、わざとらしく咳払いをし、採点ボードを構えていた。
顔の傷をヒクつかせながら、彼は俺をねめつけ、宣言する。
「この最終試験は、教官である私のナビゲートに従い、帝国郊外の山間部ルートを往復してもらう。これまでのキノコ暴走や、ヤンデレ兎の襲撃、ブルーシートの暗闇走行は『特例』として目をつぶってやったが……今日こそは、少しでも交通法規を破れば即刻ハンコを押して不合格とするからな! 心してかかれ!」
「はいはい、了解です。安全第一でいきますよ」
俺はため息をつきながら、足元のポータブルガソリン発電機(本日も絶好調)のリコイルスターターを引き、教習車を発進させた。
ギド教官の態度は、明らかに「今日こそは俺を落としてやる」という意地に満ちていた。
昨日、ネタキャベツによって「キャバクラ通いとヘソクリ横領」を全世界に生配信されてしまった彼は、すでに家庭内での地位が崩壊しているらしい。その鬱憤と腹いせを、俺の卒業試験で晴らそうとしているのだ。
だが、そんな個人的な八つ当たりなど、俺の鋼のメンタルには1ミリも響かない。
「社長の愛人が会社に乗り込んできたから、お前が適当に嘘をついて追い返せ」という理不尽すぎる業務命令に比べれば、ただ静かに車を運転するだけの試験など、平和なピクニックに等しい。
後部座席では、アラトがエプロン姿で腕を組み、イチゴ味の飴玉をガリッ! と噛み砕いていた。
「ハルタ、山間部ルートの気象データと地形図はすでに頭に入っている。ここ数日の大雨で地盤が緩んでいる箇所がある。スリップに注意しろ」
「了解。教本通りのエンジンブレーキで下っていくさ」
教習車は市街地を抜け、ルナミス帝国郊外の険しい山道へと差し掛かった。
未舗装の泥道が続くが、俺の丁寧なペダルワークとアラトのナビのおかげで、車体はまったくブレることなく進んでいく。
ギド教官は減点対象を探そうと必死に目を血走らせているが、ウインカーのタイミングも、魔獣横断注意の標識での減速も完璧だ。彼に付け入る隙は一切与えない。
「チィッ……忌々しいほど正確な運転だ。だが、この先はどうかな……?」
ギド教官が、ふと意地悪な笑みを浮かべた。
山道の中腹。木々が開け、前方に深い渓谷が現れた。
その渓谷を渡るための唯一のルートが、一本の『木橋』なのだが――。
「おい……嘘だろ」
俺はブレーキを踏み、車を完全に停止させた。
目の前の光景に、思わず眉をひそめる。
なんと、渓谷に架かっていたはずの木橋の中央部分が、完全に崩落して消え去っていたのだ。
ここ数日の大雨による濁流が、橋の橋脚ごと押し流してしまったらしい。対岸まではおよそ10メートル。車はおろか、人が歩いて渡ることも不可能な状態になっていた。
「はっはっはっ! 見ろカミシロ!」
ギド教官が、勝ったと言わんばかりの高笑いを上げた。
「自然の猛威! これぞルナミス帝国の過酷な公道だ! 魔導車を運転する者は、常にこのような不測の事態を予測し、対処できなければならない! さあ、どうする? 飛竜騎士でも呼ばない限り、この谷は越えられんぞ!」
「……教官。道が物理的に消滅しているのは、運転技術の問題じゃありません。これは道路管理局の責任でしょう。コースを変更して迂回ルートを取るべきでは?」
俺が至極真っ当な抗議をすると、教官は採点ボードの『不合格』の欄にペンを押し当て、ニヤリと嗤った。
「迂回ルートなどない! この試験は『指定されたコースを完走すること』が絶対条件だ! 運も実力のうち。道がないなら、これ以上進むことは不可能! つまり、試験はここで終了だ! 諦めて車をバックさせろ、貴様は不合格だ!!」
完全に理不尽なイチャモンである。
自分が用意したコースの欠陥を棚に上げ、不可抗力である自然災害を理由に俺を落とそうというのだ。
「……ふざけんなよ」
俺はハンドルを力強く握りしめ、教官を真っ直ぐに睨みつけた。
「俺は今日、教習所を卒業して、ポポロ村のルナミスーパー銭湯のサウナで汗を流すって決めてるんだよ。こんなところで引き返して、また明日お前の顔を見に来るなんて、冗談じゃねえ」
「な、なんだと!? 貴様、教官に向かって口答えする気か! 道がないのにどうやって進むというのだ! 魔力ゼロの貴様に、空を飛ぶ魔法が使えるわけでもあるまい!」
「魔法なんかなくても、進む道くらい作れるんだよ」
俺はドンッ! と運転席のドアを蹴り開け、外に降り立った。
同時に、後部座席からアラトも静かに降りてくる。
「アラト。アレの出番だ。対岸まで10メートル、車高と車幅は……いけるな?」
「愚問だ。条件は揃っている。必要な建材を出せ、ハルタ」
俺は渓谷の崖っぷちに立ち、ユニークスキル【マンション】の権限を最大出力で解放した。
空間が歪み、巨大なホームセンターの資材館から、現代日本の叡智の結晶が次々と錬成されていく。
「な、ななな……なんだあの銀色の鉄の棒と、平べったい板の山は!?」
車内でギド教官が目を見開いて叫ぶ。
ドサササササッ!!!
泥だらけの地面に現れたのは、大量の『単管パイプ(直径48.6mmの鋼管)』、パイプ同士を直角に繋ぐ『直交クランプ』、そして、工事現場で足場として使われる『アルミ足場板(長さ4メートル、幅24センチ)』だ。
さらに、荷締め用の強力な『ラチェット式タイダウンベルト(耐荷重3トン)』を複数本召喚する。
「アラト、頼む! 目安は3トンに耐えられる仮設橋だ!」
「3分で仕上げる」
アラトはエプロンのポケットから、電動インパクトレンチとラチェットレンチを取り出した。
そこからの彼の動きは、もはや「建築」というより「魔法」に近かった。
「罠術A」のスキルと、元システムエンジニアの完璧な空間計算能力。
彼は単管パイプを数本束ねて崖の両端に渡し、クランプで凄まじい速度で固定していく。ウィィィン! ガガガガガッ! とインパクトレンチの甲高い音が渓谷に響き渡る。
木橋の残骸である石の土台を巧みに利用し、あっという間に仮設橋の「骨組み(トラス構造)」が完成した。
「ば、馬鹿な!? たった一人で、しかも数分で橋の骨格を組み上げただと!?」
教官が車から身を乗り出し、信じられないものを見るような目を向けている。
「これで終わりじゃない。強度の要はこれだ」
アラトは、俺が渡した『ラチェットベルト』を単管パイプの骨組みとアルミ足場板に巻き付けた。
カチャカチャカチャ……ガチンッ!!
ラチェット(歯車)の機構を利用し、テコの原理でベルトを限界まで締め上げる。ロープの結び目とは次元が違う、数トン単位の張力による絶対的な固定。
これを左右のタイヤ幅に合わせて二列に敷き詰め、橋の表面を完全に構築した。
「よし、コンパイル完了(架橋完了)だ。ハルタ、車の重量と発電機の振動にも十分に耐えうる」
アラトが額の汗を拭いながら、完成した銀色に輝く仮設橋を叩いて強度を証明する。
「お見事だ、相棒」
俺はニヤリと笑い、再び運転席へと乗り込んだ。
「き、貴様ら……正気か!? そのような細い鉄の棒と板で作った道なき道を、車で渡る気か!? 落ちれば谷底だぞ!!」
ギド教官が顔面を蒼白にして、シートベルトを両手で必死に握りしめている。
「教官。道交法の教本のどこを探しても、『道がない場所に自分で橋を架けて渡ってはいけない』なんてルールは書いてありませんでしたよ。指定されたルートを完走しろと言ったのは、あんたでしょう?」
「い、いや、あれは冗談というか、その……ひぃぃぃぃ!」
俺はギアをローに入れ、発電機のアクセルペダルを慎重に踏み込んだ。
ドドドドドッというエンジンの爆音と共に、教習車の前輪が、アラトの組み上げたアルミ足場板の上に乗る。
ギシッ、という金属のきしむ音が渓谷に響いた。
だが、ラチェットベルトで極限まで固定された単管パイプのトラス構造は、魔導車の重量を完璧に分散し、沈み込むことはなかった。
「よし、安定してる。行くぞ」
俺はハンドルを微調整しながら、タイヤの幅ギリギリに作られた2本のアルミ板の上を、時速5キロの超低速でジリジリと進んでいく。
窓の外を見下ろせば、遥か下には濁流が渦巻いている。一歩でもタイヤを滑らせれば、教官もろとも谷底へ真っ逆さまだ。
「あぁぁぁぁぁ! なむあみだぶつ、なむあみだぶつ……っ!」
教官は完全に目を閉じ、どこかの神に祈り始めていた。
俺の目は、一切の迷いなく前方だけを見据えていた。
ブラック企業での命を削るようなプレッシャーに比べれば、この仮設橋の上の緊張感など、むしろ心地よい集中力を俺に与えてくれていた。
ギリギリギリッ……。
ゆっくりと、しかし確実に。
鉄の板とパイプが軋む音だけが響く中、ついに教習車の前輪が、そして後輪が、対岸の固い地面へと着地した。
「よし、渡河完了だ」
俺がサイドブレーキを引き、小さく息を吐き出すと、対岸を歩いて渡ってきたアラトが、車の横に立ってフッと笑った。
「見事なペダルワークだ、ハルタ。0.1ミリのブレもなかったぞ」
「お前の組んだトラス構造の安定感のおかげだ」
助手席では、ギド教官が滝のような汗を流し、完全に魂が抜けた顔で天井を仰ぎ見ていた。
「どうです教官。これで『指定ルートの完走』に障害はなくなりましたよね? さあ、残りのルートを消化して、さっさと教習所に帰りましょう」
理不尽な障害(自然災害)に屈することなく、ホームセンターのインフラと相棒の技術で、不可能を物理的にへし折る。
俺は唖然とする教官を乗せたまま、再びアクセルを踏み込み、最終試験のゴール地点へ向けて車を走らせた。
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