EP 7
路上教習(第2段階)――視界不良のアイドル宣伝とバズる生配信
「……よし、歩行者横断待ち確認。発進します」
ルナミス帝国の首都近郊を走る、石畳と魔導舗装が入り交じった幹線道路。
仮免許を無事に(?)取得した俺は、教習所の敷地を出て、ついに一般車両がひしめく公道での『路上教習(第2段階)』へと突入していた。
助手席には、すっかり顔色を悪くしたギド教官。
後部座席には、エプロン姿で分厚い『帝国交通法規データブック』を片手にナビゲーションを行う相棒のアラトが乗っている。
「ひ、ひぃぃ……。カミシロ、頼むから急加速やドリフトだけはしないでくれよ……。ここは一般道だ、貴族の馬車や魔導バスも走っているんだぞ……」
「安心してください教官。俺は制限速度遵守の優良ドライバーです。社用車で都内の渋滞を何千時間も走ってきた俺にとって、この程度の交通量、どうってことありませんよ」
実際、ルナミス帝国の道路は混沌としていた。
右側を巨大なロックバイソン(牛型魔獣)が引く定期バスがドスドスと走り、左側からはワイバーンにまたがった飛竜騎士が低空飛行で追い抜いていく。
だが、そんなファンタジー全開の光景も、新宿や渋谷の殺人的な交差点に比べれば、物理的な車間距離が空いているだけマシだ。
俺は足元の発電機から魔石へ送られる電圧を足先で微調整し、教習車を滑らかに走らせていた。
「ふむ、ハルタの運転技術は完璧だ。周囲の予測不可能なオブジェクト(馬車や獣人)の動きに対しても、安全マージンを完全に取り切っている」
「だろ? このまま何事もなく教習所に戻って、今日は終了――」
俺がそう言いかけた、その時だった。
『はいはーい! 全世界のリスナーのみんな、おはきゅらー! 見て見て、眼下を走るのがうちの無免許店長(仮免中)の教習車だよー!』
「……は?」
上空から、やけに明るく聞き覚えのある声が降ってきた。
フロントガラス越しに空を見上げると、天使の羽根を羽ばたかせたキュララが、教習車のすぐ斜め上を並走(並行飛行)していた。彼女の周囲にはエンジェルスマホが数台浮遊し、俺の車を様々なアングルから生配信している。
「おいキュララ! お前、なんでついてきてるんだ!」
「だって『初めての公道デビュー完全密着』なんて、絶対バズる企画じゃん! あ、スパチャありがとう! 『魔力ゼロのおっさんが頑張ってるの草』だって!」
「運転の邪魔だ、散れ!」
俺が窓を開けて怒鳴った瞬間、今度は教習車のボンネットの上から「ドンッ!」という重い音が響いた。
「……ッ!? な、なんだ!? 魔獣が車に張り付いたぞ!!」
ギド教官がパニックを起こして叫ぶ。
だが、ボンネットに張り付いていたのは魔獣ではなかった。
芋ジャージに健康サンダルを履き、首から『絶対無敵のスパチャアイドル・リーザ!』と書かれた段ボールの看板をぶら下げた、人魚のリーザであった。
「皆さま、ごきげんよう! スパチャアイドルのリーザですわ! 本日は春太さんの教習車という『最高の広告スペース(宣伝カー)』をお借りして、皆様に愛と御縁(五円)をお届けに参りましたの!」
リーザはボンネットに腹ばいになりながら、片手でフロントガラスのワイパーをガシィッと掴み、もう片方の手でカメラ(上空のキュララのスマホ)に向かってウインクを放った。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ! アイドルへの投資は、皆様の人生を輝かせますわよー!!」
「ふざけんなリーザ! 前が見えねえだろうが!! 退け!」
俺はワイパーを動かそうとしたが、リーザの馬鹿力がワイパーをガッチリとホールドしており、ビクともしない。
視界の半分が、芋ジャージの少女のドヤ顔と段ボールの看板で完全に塞がれてしまった。
「春太さん、これは『ウインウイン』のビジネスですわ! この配信がバズれば、私の口座に五円玉が降り注ぎ、春太さんのホームセンターの宣伝にもなりますの! さあ、もっと目立つようにクラクションを鳴らしてくださいませ!」
「鳴らすかバカ! 教官が白目剥いてるだろうが!」
「ハルタ、落ち着け」
後部座席から、アラトがガリッ! とイチゴ味の飴玉を噛み砕く音がした。
「視界が40%遮られているが、問題はない。私が後部座席から左右の死角と前方状況をミリ単位でナビゲートする。お前は私の音声指示と、残りの60%の視界だけで運転しろ」
「……お前、マジで言ってんのか? ここ公道だぞ」
「愚問だ。ラリーカーのコ・ドライバー(助手)を舐めるな。……前方50メートル、交差点。右から荷馬車、左から……む?」
アラトのナビゲーションが、ピタリと止まった。
その直後、交差点の左側の路地から、農家のおじさんが「待てーっ! 逃げるなーっ!」と叫びながら何かを追いかけて飛び出してきた。
「ギャーッ! 食べられるぅぅぅ!」
人間の言葉を叫びながら、道路のど真ん中へ猛スピードで転がり出てきたのは、ソフトボール大の丸い物体――『ネタキャベツ』だった。
収穫されると三面記事級のゴシップを叫んで命乞いをするという、厄介極まりない魔導野菜だ。
「おい、道路の真ん中にキャベツだ! リーザのせいで直前まで見えなかったぞ!」
俺は急ブレーキを踏み込んだ。教習車が悲鳴を上げて減速する。
ネタキャベツは俺の車のヘッドライトに照らされると、ブルブルと震えながら、ありったけの大声で叫び始めた。
「ひぃぃっ! 轢かないで! 轢かないでぇぇ! 助けてくれたら、とっておきのネタを教えるから! ――そこの助手席に乗ってる顔に傷のある教官! 昨日、ポポロ村のキャバクラ『メロロンの館』に行って、ぼったくられた挙句、奥さんに内緒のへそくり(金貨5枚)を全額溶かして泣きながら帰ったんだよぉぉ!!」
「なっ……!? な、なななななぜ貴様がそれを知っているぅぅぅ!!?」
助手席のギド教官が、ワイバーンに遭遇した時以上の悲鳴を上げて顔を真っ赤にした。
「うわぁ、教官、最低ですわ! 奥様がいらっしゃるのにキャバクラ通いなんて! スパチャ(愛)はアイドルである私一人に絞るべきですわ!」
ボンネットの上のリーザが、蔑むような視線をフロントガラス越しに送る。
「あっははは! みんな聞いた!? 教官のガチの不倫未遂ネタ、配信にバッチリ乗っちゃったよ! コメント欄が『教官オワタ』『奥さんに動画のURL送るわ』って大爆笑してる!」
上空のキュララが腹を抱えて笑っている。
「や、やめろぉぉぉ! 私の家庭が崩壊するぅぅ! カミシロ、早くそのキャベツを轢き殺して証拠を隠滅しろ!! 交通ルールなど無視でいい!!」
教官が俺の腕を掴んで暴れ出した。
俺はため息をつき、冷静にハンドルをさばいた。
「ふざけんな、俺は無事故無違反のゴールド免許だ。キャベツ一個のために教習原簿に傷をつけられるか」
俺はブレーキペダルの踏力をコントロールし、ネタキャベツのわずか数センチ手前で車をピタリと停止させた。
それと同時に、後部座席のアラトが窓から身を乗り出し、ホームセンターのインベントリから召喚した『伸縮式虫取り網』を凄まじい速度で振り下ろした。
スポッ!
「ギャァァ!? 今度は『ルナミス帝国の内務官が横領を――』モゴモゴッ!?」
アラトは網でキャベツを捕獲すると、網の口を即座にねじり、ダクトテープでぐるぐる巻きにして音を完全に封じた。
「うるさいオブジェクト(バグ)の隔離完了だ。ハルタ、発進しろ」
「ナイスだ、アラト」
俺は再びアクセルを踏み込んだ。
教官は「あぁ……俺の人生が終わった……」と真っ白な灰になって助手席で燃え尽きている。だが、俺の試練はまだ終わっていなかった。
「春太さん! 次の試練ですわ! 上空をご覧ください!」
ボンネットのリーザが、空を指差して叫ぶ。
見上げると、数十羽の『トライバード(三徳鳥)』の群れが、教習車の真上を旋回し始めていた。
トライバードのフンは良質な肥料になるが、つまりそれは「車に向かって特大の鳥のフンが爆撃される」ことを意味している。
ビチャッ! バチィッ!
「いやぁぁぁ! アイドルの顔に肥料が直撃しますわぁぁ!」
リーザがボンネットの上で段ボールの看板を盾にして悲鳴を上げる。
フロントガラスにもボタボタとフンが直撃し、ただでさえリーザで遮られている視界がゼロに近づいた。
「チィッ、ウォッシャー液とワイパーじゃ間に合わねえ!」
「ハルタ、ホームセンターから『ブルーシート(特大)』と『バンジーコード(ゴム紐)』を出せ!」
アラトの指示に、俺は瞬時に【マンション】の権限を解放した。
後部座席に出現したブルーシートを受け取ったアラトは、窓から上半身を乗り出すと、走行中の車のルーフ(屋根)からボンネットに向けて、ファサッ! と巨大なブルーシートを被せた。
そしてバンジーコードを使い、一瞬で車体を「防水テント」のように覆い尽くしてしまった。
「きゃっ!? 真っ暗ですわ!」
ボンネットのリーザごと、ブルーシートでパックする強硬手段だ。
「よし、これで防弾(防糞)装甲の展開完了だ。だがフロントガラスも覆ったため、ハルタの視界は完全にゼロになったぞ」
「アラト、お前が見てナビゲートしろ! 右か、左か!?」
「任せろ。前方30メートル、緩やかな右カーブ。歩行者なし。ステアリング角度15度、そのまま速度維持……よし、クリアだ」
ブルーシートで覆われた暗闇の車内で、俺はアラトの冷静な音声指示だけを頼りに、見えない公道を完璧なライン取りで走り抜けていく。
元SEの頭脳が弾き出す距離と角度の計算は、狂い一つない。
「あぁん、真っ暗でカメラに私の顔が映りませんわー! でも声は届いてますわよね!? 五円! 御縁! 御縁! 皆様、私の口座に愛を振り込んでくださいませー!!」
ブルーシートの向こう側から、リーザの図太い歌声とアイドルの執念が響き渡る。
上空からは、キュララの実況が途切れることなく続いていた。
「すごい! 視界ゼロのブルーシート教習車が、完璧なコーナリングで公道を走ってるよ! トライバードのフン爆撃を完全にガード! これがホームセンターの力(物理)かぁぁ!」
◆
数十分後。
トライバードの群れを抜け、教習所のコースへと無事に帰還した俺の教習車は、所定の位置にピタリと停止した。
ブルーシートを剥がすと、ボンネットの上から、肥料まみれになるのを免れたリーザが「ぷはぁっ!」と顔を出した。
彼女はすぐさま自分のエンジェルスマホを取り出し、配信の収益画面を確認する。
「……っ!! ほ、星が、降りましたわ……!!」
リーザの目から、滝のような涙が溢れ出した。
配信の大バズりにより、彼女の口座にはなんと『五円玉×5000枚(銀貨25枚相当)』という、彼女の生涯で見たこともない額のスパチャが振り込まれていたのだ。
「やりましたわ春太さん! アラト様! これで今月の家賃が払えますわーっ!! 炊き出しのカレーにお肉が追加できますわーっ!!」
「……ああ。よかったな。次からは絶対に俺の車に乗るなよ」
俺はどっと押し寄せる疲労感と共に、運転席で深くため息をついた。
助手席では、ギド教官が「奥さんに……なんと弁明すれば……」と呟きながら、完全に放心状態になっている。
だが、彼の手にある教習原簿には、震える手で『路上教習・合格』のサインがしっかりと書き込まれていた。
「ふざけんなよ……教習所通うだけで、なんでこんなに命を削らなきゃならねえんだ」
俺の社畜的な愚痴をよそに、空の上ではキュララが「次回、ついに最終卒業試験! お楽しみにー!」と元気に配信を締めくくっていた。
残すは、ついに最後の大一番。
だが、この異世界の教習所が、俺をただ普通に卒業させてくれるはずがないことだけは、胸の奥で嫌というほど理解していた。
読んでいただきありがとうございます。
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