EP 5
ツルが唸りキノコが弾む! 暴走エコカーのS字ドリフトと相棒のデバッグ
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 助けてくれ! 誰かこの忌々しい化け物(教習車)を止めてくれぇぇぇ!!」
助手席で、顔に傷のある厳ついギド教官が、情けない悲鳴を上げながらシートの隅でガタガタと震えている。ルナミス帝国軍の鬼軍曹だか何だか知らないが、地球のガソリン発電機の雷撃エネルギーと、エルフのルナによる超濃縮マナが融合した『ハイブリッド暴走植物魔導車』の狂気の前には、そのプライドも完全に霧散してしまったらしい。
メキメキメキッ! と不気味な音を立てて、木製化したハンドルが俺の意思を無視して左へ左へと強制的に回転していく。
足元のアクセルペダルには、極太の蔦が幾重にも巻き付き、床板が抜けるほど奥まで踏み込まれていた。
メーターはすでに時速60キロを指している。見上げるフロントガラスの向こうには、直角に折れ曲がった凶悪な「S字コース」の入り口が、恐ろしい速度で迫ってきていた。
「ハルタ! 掴まっていろ、今そっちに行く!」
その時、バチィン! と鋭い音がして、運転席の窓から一本の頑丈なロープが飛び込んできた。先端に金属製のフックがついた、ホームセンターでもお馴染みの『鍵付きロープ』だ。
フックが車内のロールバーにガチリと噛み合った瞬間、窓の外から凄まじい速度で影が滑り込んできた。
エプロン姿の相棒――アラト・バレンタインである。
アラトは「闘気B」の身体能力をフルに活かし、マッハ1に迫る勢いで並走しながら、暴走する車の窓から車内へと完璧なエントリーを果たした。彼は着地するや否や、パニックを起こして失禁しかけているギド教官の胸ぐらを掴み、そのまま後部座席(旧型なので狭い荷物置き場)へと容赦なく放り投げた。
「ぎゃふんっ!?」と潰れたカエルのような声を上げて教官が背後に消える。
アラトはすかさず助手席に滑り込み、口の中のイチゴ味の飴玉をガリッ! と豪快に噛み砕いた。
「待たせたな、ハルタ。仕様外のバグ(植物化)によるシステムの暴走……実に見苦しい。私が今からこのハードウェアの強制デバッグ(軌道修正)を行う」
「助かった、アラト! だがブレーキペダルを見てくれ、巨大なシイタケみたいになってて全く効かねえんだ!」
「フム、自然魔法による有機的変異か。ならば物理的な摩擦による減速は不可能。……ハルタ、ハンドルを全力で右に固定しろ! 蔦の張力に負けるな!」
「ふざけんなよ、この木の枝、めちゃくちゃ力が強いぞ……っ!」
俺は「闘気ゼロ」のしがない人間の腕力だが、72時間連続残業の末に、深夜の倉庫で100キロ超のパレットを根性だけで押し動かしたあの『社畜の限界突破力』を今ここに再現した。
歯を食いしばり、血管がちぎれんばかりの力で、左に回ろうとする木の枝のハンドルを右へと引き戻す。
「おおおおおっ! 動け、俺の腕!!」
「よし、角度は固定された。そのままクランクの第一コーナーへ突入する!」
ギド教官がさっき言っていた通り、この教習所のS字・クランクコースは、脱輪した瞬間に路面が割れて『スライムプール』という名の底なしの落とし穴が開く、初見殺しのダンジョン仕様だ。
しかも、コースの左右からは「動く岩壁」が、嫌がらせのようにランダムでせり出してくる。
ガゴォンッ!!
目の前で、右側の路面から巨大なコンクリートの壁が突如として突き出してきた。進路を完全に塞ぐ形だ。
「おいアラト、壁だ! 止まれないぞ!」
「愚問だ。避けるスペースがないなら、コースの『外』を使えばいい」
アラトはエプロンのポケットから、ホームセンターの『滑りやすい油(工業用シリコン潤滑剤)』の特大缶を二本、同時に取り出した。そして窓から身を乗り出し、前方の路面と、車体から生え変わった巨大な「キノコのタイヤ」に向けて、信じられない正確さで油を大量噴射した。
「ハルタ、サイドブレーキ(木の枝)を引け! タイミングは――今だ!」
「シャアッ!!」
俺は助手席との間に生えていた、レバー状の木の枝を全力で引き上げた。
油によって摩擦係数が完全にゼロになった教習車は、時速60キロの侵入速度を維持したまま、車体を真横に滑らせた。完璧な横滑り――いや、異世界の物理法則を無視した『超低摩擦ドリフト』である。
キイイイイイイイイイイッ!!
というゴムの悲鳴ではなく、キュムキュムキュムッ! というキノコがアスファルトに擦れる奇妙な高音が鳴り響く。
車体はせり出してきた岩壁のわずか数ミリ横を、テールを滑らせながら綺麗にすり抜けた。
「ひ、ひえぇぇぇ! 壁に当たる! スライムのプールに落ちるぅぅ!」
後部座席でギド教官が頭を抱えて叫ぶが、車体は脱輪寸前のところでピタリと持ち堪えた。
「ハルタ、まだ終わらんぞ。第二コーナー、左クランクだ。直角の壁が迫っている」
「クソッ、ハンドルが蔦のせいで右に回らない! このままじゃ直進して壁に激突するぞ!」
「ならば、力(魔法)には力(物理)だ。ハルタ、【マンション】のインベントリから『アレ』を出せ!」
「『アレ』ってなんだ! 工具か!?」
「建材コーナーの奥だ! 厚さ50ミリの『防音耐震用ゴムマット』と、長さ3メートルの『単管パイプ』を4本!」
「了解っ!!」
俺は即座にユニークスキルを脳内で起動し、ホームセンターの資材館の棚から、指定された超重量級の建材を空間に錬成した。
ドサササッ!
助手席の足元と、アラトの膝の上に、ギチギチのサイズで鉄のパイプと分厚いゴム板が現れる。
アラトは「罠術A」の超絶的な手際で、単管パイプの先端にクッションとしてゴムマットを絶縁テープで巻き付け、それを運転席と助手席の窓から、まるで中世の突撃騎兵の「ランス(長槍)」のように左右へ突き出させた。
「アラト、それをどうするんだ!?」
「こうする。自然魔法――『ウッド・アンカー』!」
アラトが蒼い魔力を指先から放つと、車体の底から生えていた雑草の根が、まるで銛のように路面の隙間に突き刺さった。
瞬間、直角の壁に激突する直前で、左右に突き出された単管パイプが、迫り来るクランクの岩壁にガチィィィン!! と激突した。
衝撃が車内を襲う。だが、先端につけた防音耐震ゴムが凄まじいショックを吸収し、単管パイプが『突っ張り棒』の役割を果たした。
車体は壁に激突して大破する代わりに、単管パイプの反発力を利用して、直角のコーナーを「ポンッ!」とピンボールのように弾みながら、完璧な角度で方向転換(旋回)したのだ。
ガガガガガッ! と火花と木の葉を散らしながら、車はクランクコースをノンストップで駆け抜けていく。
「な、ななな……なんだあの曲がり方は!? 建材を突っ張り棒にして直角コーナーをクリアしただと!? んな運転技術、ルナミス帝国の歴史に存在せんわぁぁ!」
後部座席のギド教官が、驚愕のあまり完全に顎を外して叫んでいた。
「ふ、ふざけんなよ……。どんな悪路だろうがな、ホームセンターの建材と相棒の知恵があれば、通れない道なんてねえんだよ!!」
俺はアドレナリンが最高潮に達した頭で、必死に木の枝のハンドルを抑え込み、最後の直線へと車を導いた。
◆
その頃、ガラス張りの待合室。
「きゃははは! みんな見て見て! 春太さんの車、壁にパイプを突き刺してバウンドしながら走ってるよ! 『リアルピンボール・ドライブ』ってコメントで大バズり! 同接が5万人を超えたよー!」
キュララはエンジェルスマホを両手で掲げ、大興奮で画面に向かって叫んでいる。
「……すごいですわ。あの鉄のパイプ(単管パイプ)、一本いくら位かしら……。後で春太さんにおねだりして、ポポロ村の私のステージの骨組みに再利用させてもらえませんことかしら……」
リーザは無料のコンソメスープをマイボトルからすすりながら、すでに残飯処理ならぬ『廃材回収』の算盤を頭の中で弾いていた。
「まぁ! エコカーさん、とっても楽しそうに跳ね回っていますわね! 私の自然エネルギー(マナ)が、あの鉄の箱に新しい命を吹き込んだのですわ。ふふっ、私、とっても良いことをしましたわね!」
ルナは両手を頬に当て、善意100%の天使のような笑顔で窓の外を眺めている。
「ルナ様……。あれは楽しそうに跳ねているのではなく、春太様たちが命がけでデス・ドライブを繰り広げているのです」
キャルルはすでにダブルトンファーを両手に握り締め、安全靴の雷竜石をバチバチと放電させていた。瞳の奥は完全に据わっている。
「いつでもいけます、ルナ様。もしあの車が最後に爆発して、春太様の髪の毛一本でも焦げるようなことがあれば、私はこの教習所の全コースをマッハ1で更地にし、ルナ様ごと全員を全回復の刑に処します」
「あら、キャルルさん、お顔が怖いですわよ?」
シェアハウスの住人たちがそれぞれのベクトルで狂気を見せる中、外周コースの最終ストレートに、ボロボロになり、全身からツルとキノコを生やした教習車が帰ってきた。
◆
キィィィィィィッ……ピタッ。
完璧な停止線。ホームセンターのゴムマットのおかげで、車体は1ミリの狂いもなく、教習所のゴール地点の白線の手前で停止した。
ドドドドドド……プスン。
足元のガソリン発電機が、最後の排気(ヒマワリからの種放出)を終えて、静かに停止する。
車内には、静寂が訪れた。
俺とアラトは、同時に長いため息をつき、シートの背もたれに深く体を預けた。
「……終わったな、アラト」
「ああ。脱輪ゼロ、接触ゼロ、タイムも規定以内だ。完璧なデバッグ(完走)だな、ハルタ」
アラトはエプロンの汚れを払いながら、フッと満足そうに笑った。
すると、後部座席から「う、ううう……」という力ない呻き声が聞こえた。
見ると、ギド教官が完全に腰を抜かし、白目を剥きながらシートの下にずり落ちていた。衣服は泥と油とキノコの胞子でまみれ、かつての鬼軍曹の威厳は塵一つ残っていない。
俺は運転席のドア(半分木になっている)を開け、外の空気を吸った。
「ふぅ……。おい、教官。約束通り、エンジン(物理)をかけて、S字もクランクもノーミスでクリアしてやったぞ。文句はないな?」
俺が冷徹に問いかけると、ギド教官はガタガタと顎を鳴らしながら、震える手で教習原簿を差し出してきた。そこには、インクが滲んだ文字で、大きく『合格』のハンコが押されていた。
「あ、あり得ん……。魔力ゼロの人間が、建材と油で教習所を支配するなど……。ひぃ、わ、分かった、合格だ! 第1段階は合格にするから、頼むからその赤い爆音の箱(発電機)を早く片付けてくれぇぇ!」
教官の哀れな命乞いを聞きながら、俺はフッと息を吐き、発電機と単管パイプをインベントリへと回収した。
力に屈せず、知恵と相棒の腕前で理不尽なハードルをへし折る。それが元社畜店長、神城春太の戦い方だ。
「よし、アラト。これで次は『仮免試験』だな。……お前ら! 待たせたな、サウナ行くぞ!」
待合室から満面の笑みで走ってくるヒロインたちを見据えながら、俺は次なる関門に向けて、静かに闘志(社畜の根性)を燃やすのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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