EP 4
実車教習(第1段階)――暴れ馬(魔導車)と魔力ゼロの男の物理的エンジン始動
「さて、座学の秀才ども。ここからが本番だ」
教習所の広大な屋外コース。
抜けるような青空の下、アスファルトならぬ「魔導硬化コンクリート」で舗装されたコース上に、数台の教習車が並んでいた。
見た目は地球のクラシックカーに似ているが、マフラーはなく、車体のあちこちに青白い魔力のラインが走っている。ルナミス帝国が誇る最新鋭の交通手段『魔導車』である。
ギド教官は腕を組み、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら俺の前に立った。
「カミシロ。貴様には特別に、一番気性の荒い『旧型高出力モデル』を用意してやった。さあ、運転席に座ってみろ」
「旧型だろうがなんだろうが、車は車だろ」
俺は躊躇なく運転席のドアを開け、シートに腰を下ろした。
ハンドル、アクセル、ブレーキ、クラッチペダル(マニュアル車らしい)。そこまでは地球の車と同じだ。だが、ダッシュボードの鍵穴があるべき場所には、ソフトボール大の「透明な魔石」が埋め込まれていた。
助手席にギド教官がドカッと座り、窓の外からはアラトが興味深そうに車内を覗き込んでいる。
「いいかカミシロ。魔導車のエンジンは、運転者の『魔力』または『闘気』を動力源とする。中央の魔石に手を触れ、自らのエネルギーを流し込んで点火しろ。その後は、ペダルを踏み込む量に応じてエネルギーが足元から抽出され、車輪の駆動輪へと伝わる仕組みだ。さあ、やってみろ!」
教官の言葉に、周囲の教習生たちがニヤニヤとこちらを見ているのが分かった。
『魔力ゼロ』『闘気ゼロ』の俺が、どうやってこの車を動かすのか。全員が見世物として楽しんでいる。
俺は無言で、ダッシュボードの魔石に右手を置いた。
…………。
シーン。
魔石はピクリとも光らない。ウンともスンとも言わない。
ただの透明なガラス玉に手を乗せているだけのおじさんである。
「はっはっはっ! 見ろ、やはりな!」
ギド教官が腹を抱えて大爆笑した。
「魔石がまったく反応していないぞ! 貴様の体内には、エンジンを点火させるだけのエネルギーの欠片も存在しないということだ。これではペダルを踏んだところで、車は1ミリも動かん。カミシロ、貴様の教習はここで終わりだ! とっとと歩いて村に帰り、大人しく荷車でも引いているんだな!」
周囲の教習生たちからも、嘲笑の声が上がる。
「おいおい、やっぱり口だけのハッタリ野郎だったな」
「座学で満点取っても、車が動かせなきゃただの案山子だぜ」
理不尽なシステム。圧倒的な見下し。
普通なら顔を真っ赤にして怒るか、恥をかいて逃げ出す場面だろう。
だが、俺は72時間連続残業を強いられた元社畜だ。
「コピー機が紙詰まりを起こしたから直せ。お前みたいな無能でもそのくらいできるだろ」と罵倒されながら、徹夜でメンテナンスをやらされた日々に比べれば、こんなトラブルは日常茶飯事である。
「……ふざけんなよ。動かないなら、動くように『修理』すればいいだけの話だ」
俺は一切動じず、冷静に窓の外のアラトを見た。
「アラト。この車のシステム、どう思う?」
「愚問だ。運転者の生体エネルギーに完全依存するとは、UIとして最悪の欠陥品だ。個人のコンディションで出力が変わるなど、インフラの乗り物としてあり得ない」
ガリッ! とアラトがイチゴ味の飴玉を噛み砕く。
俺は頷き、ユニークスキル【マンション】の権限を解放した。空間がわずかに歪み、俺の足元に「ホームセンターの資材」が召喚される。
ドンッ! と重い音を立ててアスファルトに現れたのは、真っ赤なボディを持つガソリン式の『ポータブル発電機(2000W高出力型)』だ。さらに、分厚いゴムで覆われた『ブースターケーブル(赤と黒)』と、工業用の『無段階電圧コントローラー(調光器の化け物みたいな部品)』を取り出す。
「な、なんだその汚らしい鉄の箱は!? ガソリン? 異臭がするぞ!」
ギド教官が鼻をつまんでパニックになる中、俺とアラトは淡々と作業を開始した。
「アラト、魔力と電気の互換性はいけそうか?」
「ああ。魔石の回路を視診したが、要は『エネルギーの波』を流し込めばいいだけの単純なロジックだ。直流の電気信号で強制的に上書き(オーバーライド)してやる」
アラトはエプロンのポケットからペンチと絶縁テープを取り出すと、魔導車のボンネットをためらいなく開け放った。
「き、貴様ら! 教習車に何をする気だ!」
「うるさいですよ教官、今『点検』してるんです。大人しく座っててください」
俺が冷たく言い放つと、教官はその凄みに気圧されて口を閉ざした。
アラトは発電機を教習車の助手席側の足元(安全な位置)に固定し、ブースターケーブルの赤いクリップを魔石のプラス(魔力入力端子)へ、黒いクリップを車体のアースへと接続した。
さらに、アクセルペダルの裏側に電圧コントローラーを物理的にガムテープと針金で固定する。これで、ペダルを踏み込めば踏み込むほど、発電機から魔石へと流れる「電圧」が上がる仕組みだ。
「配線完了だ。ハルタ、エンジン(発電機)をかけろ」
「了解」
俺は車から身を乗り出し、発電機のリコイルスターター(始動用の紐)を力強く引いた。
ブルルンッ!!
ドドドドドドドドドドッ!!!
静かな教習所に、ガソリンエンジンの野蛮で猛々しい爆音が鳴り響いた。
同時に、ブースターケーブルを伝って強烈な「電気エネルギー」が魔石へと流れ込む。
バチバチバチィッ!!
「ひぃぃぃぃっ!? ま、魔石から青い火花が散っているぞ! な、なんだこのエネルギーは! 魔力でも闘気でもない……雷属性の魔法か!?」
「ただの『電気』ですよ。エネルギーはエネルギーだ。代替電源があればシステムは動く」
俺が平然と答えると、ギド教官はシートにへばりついてガタガタと震え始めた。
俺はクラッチを踏み、ギアをロー(1速)に入れる。そして、足元のアクセルペダル――いや、電圧コントローラー付きのペダルを静かに踏み込んだ。
ヴゥゥゥンッ!!
魔導車が、本来の静かな駆動音ではなく、電気モーターのような唸り声を上げて前進を始めた。
「ほら、動いた」
「ば、馬鹿な!? 貴様、本当に魔力ゼロの人間か!? なぜ魔導車がこんな……雷をまとって荒れ狂う暴れ馬のようになっているんだ!!」
「教官、シートベルト締めてくださいね。とりあえず外周コース、時速40キロで回りますから」
俺はハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。
ドドドドドッ! という発電機の爆音と、バチバチと放電する魔石のスパークを伴いながら、俺の教習車はコースを完璧なライン取りで疾走し始めた。
地球での営業車で鍛えた俺のドライビングテクニックは完璧だ。カーブの手前でスムーズにシフトダウンし、エンブレを効かせてから滑らかに加速する。
外から見れば、雷を纏った暴走車に見えるかもしれないが、車内の乗り心地は(発電機の振動を除けば)至って快適だった。
「ひ、ひぃぃぃ! そ、速度を落とせ! カーブだぞ!」
「大丈夫ですって。教本通り、安全な速度と軌道で走ってますから」
俺は涼しい顔でハンドルを回す。
周囲の教習生たちは、雷を放ちながら爆走する俺の車を見て、完全に度肝を抜かれ、コースの端へ逃げ惑っていた。
◆
一方、その頃。
教習所のガラス張りの待合室では、同居人のヒロインたちが窓際にへばりついて、俺の雄姿(?)を見学していた。
「あーん、パクッ。……春太さんの車、すごい音と光を出してますわね。とても目立って最高ですわ」
リーザは無料の特製キャンディーを両手いっぱいに抱え、リスのように頬張りながら感心している。
「みんな見てー! うちの無免許店長の車、雷を纏って爆走してるよー! スパチャの目標額達成したら、あの車にリーザちゃんを乗せて耐久配信するね!」
キュララはエンジェルスマホを窓ガラスに押し当てて、実況配信を続けている。コメント欄は『なんだあの魔改造車ww』『教官が白目むいてるぞww』と大草が生い茂っていた。
キャルルは窓ガラスに手を当て、「あぁ、春太様が真剣な顔でハンドルを握るお姿……素敵です。もしエンストして後ろの車に追突されそうになったら、私が窓ガラスを突き破ってあの後続車を粉砕しますね」と、物騒なヤンデレ護衛計画を呟いている。
そんな中、エルフのルナだけが、眉をひそめて首を傾げていた。
「あら……? 春太さんの車の足元にある赤い箱から、すごく嫌な匂いのする煙(排気ガス)が出ていますわ」
ルナは植物を愛する世界樹の次期女王候補である。
ガソリンエンジンの排気ガスは、彼女の『自然を愛するエルフのセンサー』を強烈に刺激してしまったのだ。
「いけませんわ。あんな黒い煙を出しながら走っていたら、教習所のコースの空気が汚れてしまいます。植物さんたちも息苦しそうですし……私が、あの煙をクリーンにして差し上げますわ!」
ルナは善意100%の笑顔で、指先に強大な自然魔法の光を灯した。
彼女の破滅的な天然発言に、横にいたアラト(待合室で見学中)がハッとして振り向く。
「おい、エルフ! 何をする気だ、よせ!」
「『クリーン・エコ・ヒール』ですわ!」
アラトの制止も虚しく、ルナの指先から放たれたエメラルドグリーンの光線が、窓ガラスをすり抜け、爆走する俺の教習車(の発電機)に向かって真っ直ぐに飛んでいった。
◆
「よし、外周は完璧だな。次は教官、S字ですか? それともクランク――」
俺が助手席で放心状態になっている教官に声をかけようとした、その瞬間だった。
ポンッ!
という間抜けな音と共に、俺の足元にあるガソリン発電機から、突然、青々とした『ツル』と『巨大な葉っぱ』がニョキニョキと生え始めたのだ。
「は……?」
「な、なんだ!? 車の中に植物が!?」
発電機のマフラー(排気口)に、綺麗な一輪のヒマワリが咲き誇っている。
それだけではない。ルナの自然魔法のエネルギーが、発電機の電気信号と魔石の魔力を通じて車全体に逆流し始めたのだ。
メキメキメキッ!!
教習車のハンドルから木の枝が生え、ブレーキペダルが巨大なキノコに変化し、ボンネットからは太いツルが這い出してフロントガラスを覆い尽くしていく。
「お、おい! ハンドルが勝手に回るぞ!」
俺は必死に木の枝と化したハンドルを押さえつけようとしたが、異常な怪力で左へと切られていく。
車全体が、意思を持つ「植物モンスター(エコカー物理)」へと変異してしまったのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! 車が、車が魔獣になったぁぁぁっ!!」
ギド教官が涙と鼻水を流して絶叫する。
「ルナの奴、余計なことをしやがって……! 仕方ない、ブレーキだ!」
俺はキノコと化したブレーキペダルを力いっぱい踏み込んだ。
しかし、キノコは「プニッ」と柔らかく潰れるだけで、まったくブレーキが効かない。
それどころか、アクセルペダルに巻き付いたツルが勝手にペダルを奥まで引き込み、車は「S字コース」に向けてフルスロットルで突進を始めてしまった。
「カミシロォォォ! S字コースには、脱輪すると即座に『落とし穴(底にはスライムのプール)』が開くトラップが仕掛けられているんだぞ! 死ぬ、死ぬぅぅぅ!」
「ふざけんな、俺は明日もホームセンターの棚卸しがあるんだ、こんなところで死んでたまるか!」
魔力ゼロの男と、完全に狂乱した植物魔導車。
絶体絶命の状況下で、恐怖のS字・クランク教習が強制的に幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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