EP 9
【不穏な影】死蟲軍の偵察機と、迫り来る蹂躙の足音
豊作の喜びに沸く村の広場で、俺は冷えたトマトをかじっていた。
ブブブブブブブッ……という、腹の底を這いずるような不快な羽音が空から降ってくる。
見上げると、犬ほどの大きさがある『機械と虫がグロテスクに融合したバケモノ』が、俺たちを見下ろしてホバリングしていた。
「ひぃぃっ!? し、死蟲軍の偵察機だァ!」
村人たちがパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「春太、下がって! あれは死蟲王サルバロスの手先、『死蝿機』よ!」
キャルルが両手に鋼鉄のトンファーを構え、俺を庇うように前に出た。
「あれに見つかったら最後、すぐに本隊に位置を報告されて、村ごと焼き尽くされるわ! ここで絶対に落とさないと!」
『ギチギチギチッ!』
死蝿機は複数の複眼を怪しく光らせ、俺たちと巨大なマンションの姿を視覚データとして記録しているようだった。
キャルルが地面を蹴り、驚異的な跳躍力で宙に舞う。
「はぁぁぁっ!」
強烈なトンファーの一撃が空を裂くが、死蝿機は不規則な軌道でヒラリと躱した。空中での機動力はあちらが圧倒的に上だ。
『ギチッ、ギチチチッ!』
嘲笑うかのような機械音を鳴らし、死蝿機は上空へ逃げようと高度を上げる。
「マズい! 弓の射程外に逃げられるぞ!」
アラトがギリッと歯噛みして矢を放つが、遥か上空へと逃げゆく死蝿機の分厚い装甲に弾かれてしまう。
「逃がすかよ。ハエにはハエの殺り方がある」
俺はマンションの一階――ホームセンターへと駆け込み、日用品コーナーから『ある物』を二本掴み出して広場に戻った。
「食らえ」
俺は、両手に構えた『スズメバチ用・超強力ジェット殺虫剤』のトリガーを同時に引いた。
プシュウウウウウウウウウウウウウッ!!!
最大射程十メートル以上を誇る殺虫剤の白煙が、空の彼方に逃げようとしていた死蝿機を完全に包み込んだ。
『ギ、ギジジジッ!? ピガガガガガガガッ!!!』
死蝿機が空中で痙攣し、火花を散らした。
『ホムセンの殺虫剤(ピレスロイド系神経毒)』×『魔法生物だろうが結局は虫という現実』=神経網の完全破壊と機械回路のショート。
どれほど機械で装甲を強化していようと、生体部分が虫である以上、地球の化学企業が威信をかけて開発した虫専用の神経毒には抗えない。
死蝿機は完全に機能停止し、錐揉み回転しながら地面に墜落した。
ドシャァッ!
「……えっと、またホムセンの筒で倒しちゃったの……? 魔王軍の凶悪な兵器を……?」
キャルルが、ピクピクと痙攣して動かなくなった死蝿機と俺のスプレーを交互に見て、乾いた笑いを漏らした。
「ハチ用だからな。即効性だ」
俺がスプレーを振ると、アラトが恐る恐る墜落した死蝿機に近づき、ツンツンと弓で突いた。
「……完全に死んでるな。それにしてもコイツ、ショートして焼けたせいか、なんだか香ばしいエビを焼いたみたいな美味そうな匂いがするんだが……」
「やめろ、食うなよ絶対。腹壊すぞ」
冗談口調で言った俺だったが、アラトの表情はすぐに険しいものに変わった。
「店長。コイツが単独ではぐれてここまで来たとは考えにくい。近くに本隊がいるはずだ」
「……分かるか?」
「俺の隠密と索敵スキルを舐めるな。すぐに見つけてきてやる」
アラトは言い残すと、木々を蹴って文字通り風のように森の奥へと消えていった。
それから一時間後。
マンションの1階で待機していた俺たちの前に、アラトが滝のような汗を流して戻ってきた。その顔は、かつてないほどに青ざめている。
「……アラト?」
「店長。村長。……最悪のクソデスマ案件だぞ」
アラトは息を整えながら、持っていた水筒の水を一気に飲み干し、テーブルに地図を広げた。
「森を抜けた先の街道に、死蟲軍の部隊がいた。……『死蟻機』の群れだ。数はざっと数百。歩兵だけじゃない、中ボス級の大型機も混ざってた」
「す、数百……!?」
キャルルが息を呑む。
「問題は、奴らの進行ルートだ。迷いなく、一直線にこのポポロ村に向かってる。おそらく、昨日のマンション出現時の魔力変動か何かを嗅ぎつけたんだろう。明日の朝には、確実にこの村を蹂躙しに来る」
「そんな……ポポロ村の防壁なんて、あってないようなものなのに……!」
数百の軍勢。対するこちらは、俺、アラト、キャルルの三人だけ。村人たちは戦えない。
広場に集まっていた村人たちが、絶望に顔を歪めて泣き崩れ始めた。
「お終いだァ……せっかく美味い芋が食えるようになったのに……!」
「逃げましょう、村長! ここを捨てて、ルナミス帝国に……!」
パニックに陥りかける村人たち。キャルルも唇を噛み締め、苦渋の決断を下そうとしていた。
「……みんな、荷物をまとめて。私とアラトで時間を稼ぐから、その間に――」
「逃げる必要はない」
俺は、キャルルの言葉を遮って前に出た。
「春太……? でも、数百の軍勢よ!? いくら春太の武器庫がすごくても、多勢に無勢だわ!」
「たしかに、今のこの村は隙間風だらけのただの集落だ。防ぐのは無理だろうな」
俺はマンションの一階、輝くホームセンターの看板を見上げた。
「だから、今夜中にこの村を『絶対防衛の要塞』に作り変える」
呆然とするキャルルとアラトの前で、俺はニヤリと笑った。
「建材、セメント、鉄パイプ。そして、大量の物資を運ぶ『軽トラ』。……全部、うちの店に揃ってるぞ」
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