第十章 異世界の教習所は命がけ!? 軽トラのための免許取得ドキュメンタリー
開拓の要『軽トラ』召喚と、無免許運転(異世界基準)の危機
「……よし、そろそろ『こいつ』の出番だな」
ポポロ村にそびえ立つ、俺のユニークスキル【マンション】。
その一階部分を占める巨大なホームセンターの資材館の奥で、俺――神城春太は、シャッターをガラガラと押し上げた。
朝の清々しい空気の中、そこに鎮座していたのは一台の白い四輪車。
燦然と輝く「軽トラック(4WD・マニュアル車)」である。
「ほう。これがハルタの言っていた『インフラの王』か」
隣でエプロン姿の相棒、アラト・バレンタインが、口の中でイチゴ味の飴玉をガリッ!と噛み砕きながら、目を輝かせて近づいてきた。彼は屈み込み、サスペンションや車体の裏側を舐め回すように観察している。
「内燃機関……いや、魔石を使わずに鉄の箱を動かすとは聞いていたが、なんという無駄のない構造だ。ハルタ、今すぐこれを解体して構造を解析してもいいか?」
「絶対にダメだ。元に戻せなくなったらどうする」
「愚問だ。15分で組み直してみせる」
「その技術力は信用してるが、今はこいつを『使う』のが先だ」
ポポロ村の開拓は順調だが、致命的なボトルネックが発生していた。それは「物流」だ。
いくらホームセンターでセメントや単管パイプを出せても、それを村の端から端まで運ぶ手段が人力(あるいはアラトが手押し車で爆走する)では限界がある。
そこで俺は、ホームセンターの奥に陳列(?)されていたこの軽トラをついに起動することにしたのだ。
「いいか、これならセメント袋を一度に数十個積める。馬車と違って馬の世話もいらないし、何より悪路に強い」
「なるほど。まさに文明の加速装置というわけだ」
俺たちは早速、荷台にセメント袋と農業用の肥料、さらに建築用のパイプを山のように積み込んだ。
異世界の屈強な獣人族でも数人がかりで運ぶような重量だが、軽トラは少しサスペンションを沈み込ませただけで、涼しい顔をしている。
運転席に乗り込み、キーを回す。
ブルルルルッ! という小気味よいエンジン音が鳴り響いた。
「よし、アラト、乗れ。今日はルナミス帝国との緩衝地帯まで、インフラ整備の下見に行くぞ」
「承知した」
助手席に乗り込んだアラトと共に、俺はアクセルを踏み込んだ。
軽トラはポポロ村の未舗装の土道を、力強く走り出す。
道中、畑仕事をしていた獣人族やエルフの村人たちが、目を見開いてこちらを指差していた。
「な、なんだあれは! 白い鉄の箱が馬もなしに走ってるぞ!」
「ゴーレムか!? いや、神城様が乗っている!」
「速い! 荷物をあんなに積んで、なぜあんなスピードが出るのドスか!」
村人たちの驚愕の声をBGMに、俺は軽快にシフトチェンジを行う。
クーラーも効いているし、カーラジオからは(なぜか)日本のFM放送が微かに流れている。ブラック企業で社用車のハイエースを乗り回し、徹夜で納品に走っていたあの地獄の営業日々に比べれば、大自然の中を走るドライブなど天国のようなものだ。
「快適だな、ハルタ」
「ああ。これで開拓速度は今の10倍になるぞ」
そんな俺たちの平和な時間は、長くは続かなかった。
村の境界を越え、ルナミス帝国側の街道に入った直後のことだ。
後方から、けたたましい音が鳴り響いた。
『ファン! ファン! ファン! そこの白い謎の箱! 直ちに路肩に停止しなさい!』
バックミラーを見ると、青と赤の魔力光を点滅させた、ルナミス帝国交通警察の「魔導白バイ(二輪の魔導車)」が、猛スピードで迫ってきていた。
「……警察?」
「どうやら、我々の『王』はお気に召さなかったようだな」
俺は舌打ちをしつつ、ウィンカーを出して軽トラを路肩に停めた。
窓を開けると、いかにも真面目そうな人間の交通警察官(制服の胸にルナミス帝国の紋章)が、ツカツカと歩いてきた。
「君たち! いま制限速度を時速15キロもオーバーしていたぞ! 馬車優先エリアでなんというスピードを出しているんだ。それに、この見慣れない車両……魔力反応が一切ないが、まさか無許可の違法改造ゴーレムか!?」
「いや、これはゴーレムじゃなくて車――」
「言い訳はいい。とりあえず『魔導車両運転許可証』を提示しなさい」
許可証。免許証のことか。
俺は財布から、地球から持ってきた『運転免許証(中型・ゴールド)』を取り出し、警察官に見せた。
「免許なら持ってますよ。無事故無違反の優良ドライバーです」
「……なんだこのペラペラの板は。『カミシロ・ハルタ』? なぜ魔力印が押されていない! しかもなんだこの『中型』という謎の階級は! こんなものはルナミス帝国ではただのゴミだ!」
警察官は俺のゴールド免許を鼻で笑い飛ばした。
おい、ふざけんなよ。これ取るのに教習所でどれだけ苦労したと思ってんだ。
「いいか、無許可車両の持ち込み、および無免許運転。これは重大な交通法違反だ! この鉄の箱は差し押さえ、君たちには違反点数15点、および罰金として銀貨50枚を――」
理不尽な通告。
普通ならここで「お代官様、どうか見逃してくだせえ!」と平伏する場面かもしれない。
だが、俺は72時間連続残業と上司の理不尽なパワハラに耐え抜いた元社畜だ。異世界の交通ルールの理不尽など、クレーム対応に比べればそよ風に等しい。
俺は一切ひるまず、ドアを開けて外に出た。
そして、警察官を真っ直ぐに見据えて冷静に告げる。
「なるほど、郷に入っては郷に従え、ですね。俺の知識不足でした。ですが、差し押さえは困ります。この車両はポポロ村の開拓に必要な重要インフラです。罰金は払うとして……要するに、俺がその『魔導車両運転許可証』とやらを正規の手続きで取得すれば、こいつを運転しても文句はないわけですね?」
俺の毅然とした態度に、警察官は少し怯んだように眉をひそめた。
命乞いも土下座もせず、淡々と論理で交渉を切り返してくる相手など、そうそういないのだろう。
「ふ、ふん……まあ、法的にはそうなるがな。だが、お前のような魔力ゼロの人間が、魔導車の運転などできるわけがない! アクセル一つ踏めずにエンストするのがオチだ」
「それはやってみないと分かりませんよ」
俺がそう言うと、警察官はため息をつき、懐から一枚のチラシを取り出して押し付けてきた。
「強情な奴だ。ならば行ってみるがいい。『ルナミス魔導自動車教習所』だ。そこで教官のハンコを全て貰い、卒業試験に受かれば、免許を発行してやろう。だが、泣いて逃げ出すことになるぞ!」
切符を切られ、銀貨を支払い、俺とアラトは軽トラをホームセンターのインベントリに強制収納(スキル権限)して、トボトボと徒歩でポポロ村へ引き返すハメになった。
◆
「――というわけで、俺とアラトは明日から『教習所』に通うことになった」
マンション最上階の共有リビング。
俺がテーブルに教習所のチラシを叩きつけると、同居しているヒロインたちが一斉に群がってきた。
「ハルタが学校に……? 愚問だ。あのような魔力依存の欠陥車両など、私が一晩でハッキングしてシステムを書き換えてやる」
「アラト、それはサイバーテロだ。俺は合法的に軽トラに乗りたいんだよ」
エプロン姿で過激な解決策を提案するアラトを嗜めていると、パンの耳をかじっていた人魚のアイドル・リーザが、チラシの端を見て目を丸くした。
「あ、あれっ!? 春太さん、これ見てください! 『教習生とその同伴者は、待合室のドリンクバー飲み放題! 特製キャンディー食べ放題! 最新型魔導マッサージチェアも無料!』って書いてありますわ!」
「……は?」
「行きます! 私も春太さんの応援という名目で同伴しますわ! マイボトル持って行きます!」
貧困アイドルの眼の色が変わった。強欲なポイ活の血が騒いでいるらしい。
すると、空中に浮いていた天使のゴッドチューバー・キュララが、エンジェルスマホを構えてニヤリと笑う。
「『無免許店長、異世界の教習所で大暴走!?』……これ、絶対にバズる! 私、生配信のカメラマンとして同行するね! スパチャ稼ぎの匂いがプンプンするよ!」
「お前ら、教習所を何だと思って……」
「春太様が怪我をしたら大変です!」
バンッ!とテーブルを叩いて立ち上がったのは、月兎族の村長・キャルルだ。
彼女は人参柄の手製ハンカチを握りしめ、妙に座った目で俺を見つめてきた。
「聞いたことがあります……ルナミスの教習所は、死のトラップが仕掛けられた恐ろしい場所だと。もし春太様が事故で血を流すようなことがあれば……私が全力でコースにカチコミをかけ、教官ごと全回復させて差し上げますからね!」
「頼むからお前は家で大人しくしててくれ!!」
さらに、部屋の隅で優雅に紅茶を飲んでいたエルフのルナまでが、ふわりと立ち上がった。
「教習コースに自然が足りないようでしたら、私が世界樹の種を撒いて、緑豊かな森に変えて差し上げますわ」
「コースが森になったらクランクが曲がれなくなるだろうが!」
俺のツッコミは、すっかり行楽気分になった彼女たちには一切届かなかった。
どうやら明日の教習所通いは、想像を絶するカオスになりそうだ。
「……ふざけんなよ。俺はただ、軽トラでセメントを運びたいだけなのに」
元社畜のささやかな願いは、異世界の交通ルールと、常識外れの仲間たちによって、早くも波乱の予感に包まれていた。




