EP 10
『新たな日常(負債)。終わらない店長の胃痛』
「ブルルルルルルルルッ!! ギャリギャリギャリギャリッ!!」
ポポロ村の広場に、魔導チェーンソーの凶悪な爆音が鳴り響いた。
俺の目には一切の光がなく、ただ『損益計算書を台無しにされた怒り』だけが、ドス黒いオーラとなって全身から立ち上っていた。
「ひっ……!? な、なんだこの下等生物は! 神である私やルチアナ様をも凌駕する、この禍々しい暗黒のオーラは……ッ!?」
魔力切れで墜落し、地面に這いつくばっていた天界監査局の部隊長・エルザが、俺の姿を見てガタガタと震え出した。
「おい、監査局のネーチャン」
俺は、回転するチェーンソーの刃をエルザの鼻先十センチのところで止め、地獄の底から響くような声で言った。
「神聖な裁きだか何だか知らねえが……人の店をぶっ壊して、俺の在庫(資産)を灰にしておいて、タダで天界に帰れると思ってんのか?」
「き、貴様! 我々は天界の使いだぞ! 不可抗力とはいえ、このような無礼が許されると――」
「許されねえのはテメェらのコンプライアンス意識だァァァッ!!」
ブシュウゥゥゥゥッ!!
俺はチェーンソーを持たない方の手で、防犯用催涙スプレー(特大ボトル)のノズルをエルザの顔面に向け、容赦なくカプサイシンの霧を噴射した。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!! またこの辛い水がぁぁっ! 神聖なる目が、粘膜が焼けるぅぅっ!」
「隊長ぉぉぉっ!?」
エルザが涙と鼻水まみれになってのたうち回り、周囲で倒れていたヴァルキュリア部隊の天使たちが悲鳴を上げる。
「いいか、よく聞け! 俺の辞書に『神様の免責特権』なんて言葉はねえ! 壊したものは弁償する、それが資本主義の絶対のルールだ!」
俺は手元のタブレット端末を取り出し、凄まじい速度で弾き出した『被害総額』の画面を、涙目のエルザの鼻先に突きつけた。
「新設したばかりのコスメコーナーの全商品、金貨千枚。吹き飛ばした店舗の右半分の修繕費、金貨五百枚。営業停止に伴う機会損失、および俺の精神的苦痛への慰謝料……しめて金貨二千枚(約二億円)だ」
「に、におくえん……ッ!?」
「神界がキャッシュレス社会だっていうのはルチアナから聞いてる。現金がないなら……身体(労働)で払ってもらうしかねえよなぁ?」
俺は、満面の『ブラック企業店長のスマイル』を浮かべ、あらかじめ用意しておいた『タローマン無期限雇用契約書(という名の奴隷契約書)』と朱肉をエルザの前に叩きつけた。
「さあ、ここに拇印を押せ。今日からお前ら監査局は、休職扱いだ。この借金を全額返済するまで、タローマンの『専属の建設作業員』として働いてもらうからな」
「そ、そんな馬鹿な……! 我々は神界の精鋭……下界の店で労働など……ッ!」
「押さないなら、もう一発スプレーの出番だが?」
「お、押しますぅぅっ!!」
エルザは、催涙スプレーの恐怖と俺の底なしの社畜オーラに完全に屈服し、泣きながら契約書に血の拇印(朱肉)を押した。
「ふはははっ、素晴らしいですの、春太プロデューサー!」
背後で、コスメの喪失から立ち直ったリーザが、瞳をゴールドマークにして拍手喝采を送っている。
「タダ同然の労働力で、神聖なる天使たちをこき使えるなんて! これでタローマンの再建はタダも同然ですわ!」
「アンタたち、神様相手に本当に容赦ないわね……」
キャルルが呆れ果てて額を押さえていた。
「あ、あははは……。まあ、みんな無事でよかったわね! 一件落着!」
その時。俺の足元で、ルチアナが引きつった笑顔を浮かべて、こっそりと後ずさりをしようとした。
「……おい、ニート女神。どこへ行く気だ」
「ひっ!?」
俺はルチアナのピンクジャージの首根っこをガシッと掴み、軽々と宙に吊り上げた。
「お前が変なバリアの張り方をしたせいで、衝撃波がウチの店に直撃したんだぞ。今回の被害の『共同正犯』だ。……お前の借金も、金貨十枚から金貨千枚に上方修正されたからな」
「ええええぇぇぇっ!? そ、そんなぁっ! 時給850円で金貨千枚なんて、何百年皿洗いをすればいいのよぉぉっ!?」
「永遠の17歳なんだろ? 時間がたっぷりあってよかったな。ほら、さっさと厨房に戻って今日の分の皿を洗え!」
俺がルチアナを厨房の方へ放り投げると、悲痛な駄女神の絶叫がタローマンに響き渡った。
◆
――それから、数日後。
「おいエルザ! セメントの配合が甘いぞ! もっと腰を入れて混ぜろ!」
「は、はいっ! 店長殿! 直ちにやり直しますッ!」
破壊されたタローマンの右半分の敷地では、異様な光景が繰り広げられていた。
純白の鎧の上に、黄色の『安全ヘルメット』とタローマンの『緑のエプロン』を身に纏ったヴァルキュリア部隊の天使たちが、神の力をフル活用して、凄まじいスピードで鉄骨を組み上げ、セメントを練っていたのだ。
「隊長、屋根の基礎工事終わりました!」
「うむ、ご苦労! 次は防弾ガラスの搬入だ! 神気を込めて一枚も割るなよ!」
エルザが、額に汗を光らせながら部下たちに的確な指示を飛ばす。
彼女たちの顔には、降臨したばかりの頃の『冷徹な監査官』の面影は微塵もなく、完全に『現場に生きる熱い職人』の顔になっていた。
「ひはははっ! お前ら、休憩だ! 今日のまかないは、特製ロックバイソンの極厚ニンニク豚丼だぜ!」
アラトが、巨大な鍋を抱えて現場にやってくると、天使たちの目の色がスッと変わった。
「おおおぉぉっ! アラト殿の豚丼……ッ!」
「労働の後に食べる、この茶色い食べ物は……神界のアンブロシアをも凌ぐ至高の味……ッ!」
エルザたちは、渡された大盛り豚丼を、感極まった顔で猛烈な勢いで掻き込み始めた。
一万年もの間、ただ立っているだけで何も口にせず、変化のない神界で心をすり減らしていた天使たち。
彼女たちにとって、『身体を動かして汗を流し、その後に油と塩分たっぷりのジャンクフードを食べる』という下界の労働システムは、かつてないほどの『圧倒的な幸福(麻薬)』として脳に刻み込まれてしまったのだ。
「ふふふ、私の言った通りでしょ、エルザ? ここは天国なのよ」
厨房から出てきたルチアナが、ポテトチップスをかじりながら先輩風を吹かせる。
「ええ、ルチアナ様……。我々は、神聖なる義務という名のブラック環境に洗脳されていました。……これからは、タローマンの店員として、永遠にこの地で汗水垂らして生きていきます!」
エルザが、豚丼のタレを口の周りにつけながら力強く宣言する。
完全に、天使の部隊が『タローマンの社畜』として洗脳……いや、更生を完了した瞬間であった。
「……ハァ。ウチの店、とうとう天界の支部みたいになってきたわね」
キャルルが、楽しそうに働く天使たちを見ながら、呆れ交じりの笑みを浮かべた。
「大地の精霊も、これほど神聖な気が満ちているホムセンは見たことがないと驚いておりますわ」
ルナも、不思議そうに店舗を見上げている。
「まぁ、結果オーライだろ」
俺は、自動販売機で買った缶コーヒーを開けながら、着々と再建されていく店舗を見つめた。
「あの天使どもの神力のおかげで、建設コストは実質ゼロだ。おまけに、これだけ神気で補強された建物なら、もう大抵の魔物の攻撃じゃビクともしねえ最強の要塞になる。……慰謝料と修理費の元は、きっちり取ってやるさ」
神の権威を完全に地に堕とし、創造主と監査局をまとめて最低賃金のアルバイトとして雇用するという、前代未聞のブラック労働革命。
こうして、俺の終わらない胃痛と引き換えに、タローマンは天界という最強の(無料の)労働力を手に入れたのである。
灼熱の油とスパイス、そして徹底した『労働基準の押し付け』によって幕を閉じた第八章。
最強の神々すらも社畜へと染め上げる、ホムセン店長・神城春太のポポロ村での日常は、今日も果てしなく、そして騒がしく続いていくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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