EP 9
『神々の乱闘と、タローマン防衛戦(また店が壊れる)』
「愚かな下等生物ども! その穢れた店ごと、神聖なる光で浄化してあげるわッ!!」
天界監査局『ヴァルキュリア部隊』の隊長・エルザの号令と共に、上空に展開していた天使たちが一斉に急降下を開始した。
純白の翼が空気を切り裂き、彼女たちの手にした十字の槍の穂先から、眩い『浄化の魔法弾』が機関銃のように放たれる。
「総員、散開! 店舗への直撃を何としても防げ!」
俺の怒号がポポロ村の広場に響く。
「まかせて! ウチの村で好き勝手はさせないわ!」
村長キャルルが、自慢の脚力で石畳を蹴り飛び上がった。ウサギ耳族特有の瞬発力から繰り出されるダブルトンファーの連撃が、降り注ぐ魔法弾を次々と空中で弾き飛ばす。
「大地の精霊よ、我らが日常を守る盾となりなさい!」
エルフのルナが詠唱を唱えると、広場の石畳を突き破って巨大な茨の壁が出現し、天使たちの突撃ルートを遮った。先日ルチアナがこぼした『異常成長の神コスメ』の成分が土に染み込んでいたせいで、茨は普段の三倍の太さと硬度を誇っていた。
「チィッ……! なんだこの下等生物たちは! 神界の攻撃をことごとく防ぐだと!?」
エルザが上空で忌々しげに舌打ちをする。
「ひはははっ! よそ見してんじゃねえぞ、鳥女!」
茨の壁を足場にして跳躍したアラトが、特大の中華鍋を構えてエルザの死角に迫った。
「俺の厨房を荒らそうって奴は、神様だろうが油で揚げてやる! 必殺、熱した廃油の目潰しスプラッシュだ!!」
バシャァァァッ!!
アラトが鍋から撒き散らした熱々の廃油が、天使たちを襲う。
「きゃぁぁっ!? 熱いっ! それにこの油、尋常じゃなくニンニクと獣の臭いがするわッ! 神聖なる純白の鎧が、ギトギトの茶色に……っ!」
神聖なオーラで守られているはずの天使たちだが、アラトの『極限までジャンクな成分』をたっぷりと吸い込んだ廃油は、物理的かつ精神的な嫌悪感で彼女たちの陣形を見事に崩した。
「よくやったアラト! 今だ!」
俺は、タローマンの備品である『プロ仕様・高圧洗浄機』のノズルを天使たちに向けた。
タンクの中に仕込んであるのはただの水ではない。対大型魔物用に俺がブレンドした、ハバネロと陽薬草のエキスを限界まで濃縮した『タローマン特製・防犯用催涙ペッパー液』である。
「食らえ! これが下界のインフラ(防犯設備)の力だァァッ!」
ブシュウゥゥゥゥッ!!
超高圧で噴射された赤い霧(カプサイシンMAX)が、油まみれになった天使たちを容赦なく包み込む。
「目がぁぁぁっ! 鼻がぁぁぁっ! 神聖なる粘膜が焼けるぅぅっ!?」
「隊長、ダメです! この辛味成分、神気による防御をすり抜けて直接痛覚を刺激してきます!」
高圧洗浄機から放たれる催涙スプレーの前に、ヴァルキュリア部隊は次々と地上に墜落し、涙と鼻水を流して悶え転がり始めた。
前世の警察用防犯スプレーの威力を舐めてはいけない。神様だろうと、粘膜がある生物である以上、カプサイシンの暴力からは逃れられないのだ。
「ええいっ! 小賢しい罠ばかりを……ッ!」
一人だけ上空に留まっていたエルザが、怒りで顔を真っ赤にして十字の槍を構え直した。
「ならば、この村ごと塵に変えてくれる! 我が最大魔力をもって、不浄なる者どもに天罰をッ!!」
エルザの槍の穂先に、先ほどまでの比ではない、直径十メートルを超える『巨大な光の球』が圧縮されていく。
あれが直撃すれば、タローマンどころかポポロ村の半分がクレーターと化してしまう。
「マズい! 春太、防ぎきれないわ!!」
キャルルが叫んだ。俺も高圧洗浄機のノズルを向けたが、水圧が光の球のエネルギーに相殺されて届かない。
――その時だった。
「やめなさい、エルザァァァァッ!!」
俺の足元でガタガタと震えていたルチアナが、突然立ち上がり、俺の前に両手を広げて立ち塞がったのだ。
彼女のピンクジャージの裾が風に煽られ、その全身から『エルザの光の球を上回るほどの黄金の神気』がドーム状に展開される。
「ル、ルチアナ様……ッ!? なぜご自身の身を挺してまで、そのような下界の店を庇うのですか!」
上空のエルザが、信じられないものを見る目で絶叫した。
「そこは、貴女様を時給850円でこき使うような、悪魔のブラック企業なのですよ! 目を覚ましてください!」
「目を覚ますのはあなたの方よ、エルザ!」
ルチアナは、アメジスト色の瞳を吊り上げ、神界のトップたる絶対の威厳をもって言い放った。
「私が守っているのは、ただの店じゃない! 私の『職場』よ!」
「しょ、職場……っ!?」
「そう! 私は今、タローマンのレジ打ちパートなの! そして、まだ今日のシフトは終わってないし、何より……!」
ルチアナは、拳を天に突き上げ、魂の底からの叫びを上げた。
「ここで店が壊れたら、私が皿洗いを頑張った後のまかない(特濃チーズ・ポテト)が食べられなくなっちゃうじゃないのよぉぉぉっ!!」
「……は?」
エルザの動きが、あまりのくだらなさに一瞬ピタリと止まった。
「私の労働の対価! 私のカロリー! 私のジャンクフードを邪魔する奴は……たとえ天界の使者であろうと、この私が許さないわぁぁっ!!」
ルチアナの食い意地が、神の力を限界突破させた。
彼女の放つ黄金のドームが、エルザの作り出した巨大な光の球を下から押し返し始める。
「くっ……! ルチアナ様、正気に戻ってください! そのような油まみれのイモのために、神の力を使うなどぉぉっ!」
ゴゴゴゴゴゴォォォッ!!
神と天使。絶対者同士の魔力が、ポポロ村の上空で激突する。
空間が歪み、空気がビリビリと悲鳴を上げた。
そして、二つの強大なエネルギーが臨界点に達した瞬間――。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい大爆発が起こった。
相殺されたエネルギーは行き場を失い、強烈な『衝撃波』となって四方八方へと散らばった。
「きゃぁぁぁっ!」
「ぐおっ! みんな、伏せろ!」
俺たちは暴風に煽られ、地面に這いつくばった。
広場を中心に凄まじい土煙が巻き起こり、視界が完全に真っ白に染まる。
……数十秒後。
土煙が晴れた後には、ポポロ村の広場に巨大なクレーターが穿たれていた。
上空にいたエルザは、魔力を使い果たしたのか、白鳥の翼をボロボロにして墜落し、地面で気を失っている。
ルチアナの放った『食い意地のバリア』のおかげで、村人たちにも、俺たちタローマンの従業員にも、怪我人は一人も出ていなかった。
「……ふぅ。やった、やったわ……。私のポテトの平和は守られたのね……」
ルチアナが、ヘナヘナとその場に座り込み、安堵の笑みを浮かべる。
「あ、あれ……? ちょっと、春太プロデューサー……」
だが。
土煙の中から立ち上がったリーザが、ガクガクと震える指で、『ある方向』を指差した。
「み、お店の……新装開店したばかりの、お店の右半分が……」
「……え?」
俺は、リーザの指差す方角――俺の背後にある、愛するホムセン『タローマン』へとゆっくりと振り返った。
そこにあったのは。
神々の魔力激突によって生じた『斜め方向への余波(衝撃波)』をモロに食らい、完全に消し飛んだ店舗の右半分の姿であった。
そして、その右半分のスペースに陳列されていたのは。
昨日、ゴルド商会からの莫大な賠償金(約一億円)をほぼ全額注ぎ込んで仕入れた、超高級アンチエイジング・クリームや、幻のリップスティックが並ぶ……『新設・コスメコーナー』であった。
棚は粉々に砕け散り。
金貨数十枚、数百枚という価値のある高級化粧品の数々が、無惨な灰となって風に舞っている。
「…………ぁ」
俺の口から、魂の抜けたような声が漏れた。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!! 私のお化粧品があぁぁっ!! 資産が、在庫が、一夜にして海の藻屑にぃぃぃぃっ!!」
リーザが、消し飛んだコスメコーナーの跡地に崩れ落ち、頭を抱えて絶望の悲鳴を上げた。
沈黙。
圧倒的な沈黙が、破壊されたホムセンの前に流れた。
「あ、あははは……。ご、ごめんね店長さん? ちょっとだけ、守りきれなくて衝撃波が逸れちゃったみたい……てへっ☆」
ルチアナが、額に冷や汗をかきながら、引きつった笑顔で誤魔化そうとした。
「…………テメェら」
俺は。
前世のブラック企業で、全ての理不尽を飲み込んで『心を殺した時』と全く同じ、完全にハイライトの消えた死んだ魚の目で、ゆっくりと立ち上がった。
「俺の……せっかく一億円かけて作った、ピカピカのコスメコーナーを……」
ゴゴゴゴゴッ。
俺の背後から、神の威圧すらも凌駕するような、底なしの『社畜の怒りのオーラ(ドス黒い殺意)』が立ち上る。
「……ヒッ!?」
ルチアナが、本能的な恐怖を感じて後ずさった。
墜落して気を失いかけていたエルザも、俺から放たれる異常なプレッシャーに気づき、青い顔で身を縮めている。
「神様だろうが、天使だろうが、もう関係ねえ……」
俺は、タローマンの倉庫跡地に歩いていき、かつてオロチを葬る際にも使った『大型チェーンソー』と、残っていた『防犯用催涙スプレー』の特大ボトルを両手に構えた。
「俺の店の在庫と設備を壊した落とし前……お前ら全員、魂ごとタローマンの社畜として売り飛ばしてやるァァァァァァッ!!!」
大企業の買収を退けたのも束の間。
神界の監査局を巻き込んだ、タローマン最大のインフラ損害事件。
怒り狂ったホムセン店長による、神々への容赦ない『損害賠償(物理)の取り立て』が、ポポロ村の広場に血の雨(激辛スプレー)を降らせようとしていた。
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