EP 7
『神界からの刺客!天界監査局の「お迎え」』
創造主たる最強駄女神・ルチアナが、ポポロ村のホムセン『タローマン』の最低賃金アルバイト(時給850円)として働き始めてから、およそ一週間が経過した。
「いらっしゃいませぇーっ。タローマンへようこそーっ」
店内に、やる気があるのかないのか分からない、絶妙に気の抜けたルチアナの声が響き渡る。
プラチナブロンドの髪を後ろで雑に一つ結びにし、伸びきったピンクジャージの上にタローマンの緑エプロンを纏ったその姿は、降臨初日に見せた『神々しいオーラ』など見る影もない。完全に、深夜のコンビニでレジを打つフリーターか、近所のスーパーのパートのお姉さんにしか見えなかった。
「店長さぁん、レジの交代時間よぉ。私、これから厨房でアラトの皿洗い手伝って、まかないの『特濃チーズ・ポテト』をもらう約束なの」
「おう、お疲れさん。レジ金はぴったり合ってるな。よし、行け」
俺が交代のサインを出すと、ルチアナは「やったぁっ!」と現金に目を輝かせ、厨房へとスキップで消えていった。
「……ハァ。まさか本当に、あの神様がウチの店の戦力として定着するなんてね」
レジ横の防犯グッズの棚を整理していたキャルルが、呆れたようにため息をつく。
「最初はチート化粧品で村中をパニックにした時はどうなるかと思ったけど……今じゃすっかり『ジャンクフードに飼い慣らされたダメ人間』じゃない」
「ひはははっ! 俺の料理の麻薬性に逆らえる奴なんていねえのさ。あいつ、最近じゃロックバイソンの脂身を見ただけで尻尾を振る犬みたいになってるぜ」
厨房から顔を出したアラトが、フライパンを片手にゲスい笑いを浮かべた。
「ふふふ、借金のために身を粉にして働く神様……。Love & Moneyの教えを体現する、素晴らしい労働力ですの!」
リーザも、ルチアナの真面目(?)な働きぶりに感心してウンウンと頷いている。
俺はレジカウンターに肘をつき、満足げに頷いた。
「まぁ、最初は食い逃げニートだったが、教育すれば案外素直に働くからな。時給850円で創造主をこき使えるんだ、これほどコスパの良いブラック労働……いや、有意義な雇用関係はないだろう」
平和だ。
大企業の買収騒動も乗り越え、賠償金で店舗も改装し、神様ですら社畜の一部として組み込んでしまった。
タローマンの売上は右肩上がり。俺の『理想のホワイト(俺以外はブラック)経営』は、ついに完成の域に達したかと思われた。
――しかし。
俺たちが『神の威厳』を完全に舐め腐って日常を謳歌していたその時。
タローマンのインフラすらも揺るがす、最悪の『お迎え』がやってきたのである。
ピカァァァァァァァァァッ……!!!
突然、タローマンの店外、ポポロ村の広場の中央から、太陽すらも霞むほどの『強烈な白い光の柱』が立ち上った。
「な、なんだ!? 爆発か!?」
「きゃぁっ! 目が、目が痛いですの!」
俺たちは慌てて店外へと飛び出した。
広場の中央。先ほどまで晴天だった秋の空が、そこだけ不自然に『パキッ』とガラスのようにひび割れ、黄金の階段が地上へと伸びてきている。
そして、その空の裂け目から、重厚な賛美歌のコーラスと共に、数名の『異形の者たち』がゆっくりと降臨してきた。
純白の鎧。背中に生えた巨大な白鳥の翼。
手には、冷たい光を放つ十字の槍を携えている。
全員が女性の姿をしており、その表情には一ミリの感情も読み取れない。ただひたすらに厳格で、冷徹な『法の執行者』のオーラを纏っていた。
「な……なによ、あれ……。空から、天使が降りてきた……?」
キャルルが震える声で呟き、トンファーを構えることすら忘れて立ち尽くした。
「ああっ……。大いなる神の御使いたち……。なんという神聖な……」
ルナは再び平伏し、祈りを捧げている。
降臨した天使の部隊は、乱れぬ隊列で地上に降り立つと、その中心から、一際豪華な鎧を纏ったリーダー格の天使が歩み出てきた。
氷のように冷たい青い瞳と、銀色の長髪。彼女の放つ威圧感は、ルチアナが初日に見せたものと同等か、それ以上の『ガチの殺気(神気)』を含んでいた。
「我らは天界監査局、特務執行部隊『ヴァルキュリア』。私は部隊長のエルザである」
銀髪の天使・エルザが、感情のない冷たい声で宣言した。
「この下界の地に、大いなる創造主たるルチアナ様の『神気』が長期間滞留しているのを検知した。ルチアナ様……直ちにお姿をお現しください」
その声は、魔力によって増幅され、ポポロ村の隅々にまで響き渡った。
神界の監査局。
つまり、仕事をサボって下界で遊び呆けている(現在はホムセンでバイトしている)ニート女神を連れ戻しに来た、『神界の警察』のような存在だ。
「……おいおい。マジかよ」
俺は冷や汗を流した。
俺の経験上、こういう『本社の監査部』から来る連中が一番厄介だ。融通が利かず、マニュアル通りにしか動かず、現場の苦労(ウチの店の人手不足)を一切理解しようとしない。
「……もぐもぐ。あー、ポテト美味い。……ん? 何か外が騒がしいわね?」
その時。
店舗の奥から、片手に揚げたてのポテトチップスを抱え、もう片方の手で口の周りの油を拭いながら、ルチアナがのんきに姿を現した。
相変わらずのピンクジャージに緑エプロン、三角巾姿である。
「る、ルチアナ様……ッ!!」
その姿を見た瞬間。
冷徹無比だったヴァルキュリア部隊長・エルザの顔が、驚愕と絶望で激しく引きつった。
「そ、そのお姿は……なんですかッ!? 天界の絶対者たる創造主が、そのような薄汚れた布切れ(ジャージ)と、油にまみれた前掛け(エプロン)を身に纏い……あまつさえ、下界の粗末なイモを素手で貪り食っているなど……ッ!」
エルザは、信じられないものを見る目でルチアナを指差した。
「え? あ、エルザじゃない。久しぶりねー」
ルチアナは、ポテトを咀嚼しながら、ヒラヒラと呑気に手を振った。
「どうしたの? 神界で何かトラブル? 私、今バイトの休憩中だから、手短にお願いね」
「バ、バイトの休憩中!? な、なにを狂ったことを仰っているのですか!」
エルザが、槍の石突を地面にガンッ!と叩きつけた。
その衝撃だけで、広場の石畳が蜘蛛の巣のようにひび割れる。
「ルチアナ様! 貴女様は神界のトップ、世界を統べる創造主たる御方! それなのに、仕事を放棄し、下界に一週間も行方をくらませた挙句……このような卑しい人間の店で、労働(奴隷の真似事)をしているなど、天界の威信に関わります!!」
「いや、奴隷じゃないわよ。時給850円もらってるし」
「時給!? はっ、はっぴゃくごじゅうえん……ッ!?」
神界のトップが、下界の最低賃金でこき使われているという事実に、エルザは白目を剥いて卒倒しかけた。
「おのれ……! どこのどいつですか! 我が敬愛するルチアナ様をたぶらかし、このような辱めを与えた下等生物はッ!」
エルザの青い瞳が、怒りの炎で赤く染まり、その鋭い視線が俺へと突き刺さった。
「ひぃっ!」
キャルルとリーザが、俺の背中に隠れる。
「……たぶらかした覚えはない」
俺は、胃の痛みを堪えながら、一歩前に出た。
「そこのニート女神が、ウチの店で勝手に飯を食い逃げして、商品を使い込んだから、労働で借金を返済させてるだけだ。正当な雇用関係だぞ」
「貴様か! 神を労働力として扱うなど、万死に値する大罪! 今すぐその首を刎ねて――」
「えっ、エルザ! ダメよ!!」
エルザが槍を構えた瞬間。
ルチアナが慌てて飛び出し、俺とエルザの間に立ち塞がった。
「ルチアナ様! なぜそのような下等な人間を庇うのですか! さあ、悪夢は終わりました。共に美しき天界へお戻りください!」
「……嫌よ」
「はい?」
ルチアナは、ギュッとポテトのボウルを抱きしめ、首を横に振った。
「嫌よ! 私、天界になんて絶対に帰りたくない!!」
「な、何を仰っているのですか……!?」
「だって、天界は退屈なんだもの! ご飯は味のしない霞ばっかりだし、お酒もないし、ゴッドチューブの回線は遅いし! でも、ここ(タローマン)なら違うわ!」
ルチアナは、ズサーッと地面にスライディング土下座のような姿勢になり、俺の足首にガシッと泣きつきながら叫んだ。
「ここでは、働けば時給がもらえる! お腹が空いたら、アラトが塩分と脂たっぷりの極上ジャンクフードを食わせてくれる! 皿洗いはキツいけど、その後のまかないのポテトチップスは神界のどの御馳走より美味しいのよぉぉっ!!」
「ル、ルチアナ様……ッ!? ジャンクフードの麻薬性に脳を破壊されている……ッ!?」
エルザが、完全に絶望した顔で膝から崩れ落ちた。
「お願い店長! 私をクビにしないで! 借金返すまでは絶対に辞めないんだからぁぁっ! 一生、ここで社畜として飼い殺してぇぇっ!」
ピンクジャージの女神が、鼻水と油まみれの顔を俺のズボンに擦りつけながら号泣する。
……完全に、ダメ人間(ジャンクフード依存症)の末路であった。
神の威厳など、もう一ミクロンも残っていない。
「……おいおい」
俺は、足にすがりつく駄女神を見下ろし、重いため息をついた。
「ウチの店を勝手に『ダメ人間の更生施設』みたいに言うな」
「おのれ……おのれ、下等生物めぇぇぇっ!!」
立ち上がったエルザの全身から、先ほどまでの比ではない、世界そのものを破壊しかねないほどの凄まじい神気(怒り)が噴き上がった。
「ルチアナ様の高潔なる精神を、そこまで堕落させるとは……! もはや許さん! 貴様らごと、この不浄なる建物を光の彼方へ消し去ってくれる!!」
ヴァルキュリア部隊の天使たちが、一斉に十字の槍を構え、タローマンに向けて破滅の魔法陣を展開し始める。
「ちょ、ちょっと春太! マズいわよ! あんなの撃たれたら、せっかく新装開店したタローマンが木っ端微塵よ!」
キャルルがパニックになり、ダブルトンファーを構える。
「……安心しろ」
俺は、俺の足にすがりついて泣いているルチアナの首根っこを掴んで引き剥がし、ネクタイ(代わりに首に巻いている手ぬぐい)をクイッと締め直した。
相手が神界の監査局だろうが、知ったことではない。
ウチの貴重な労働力(借金未返済)を勝手に連れ去ろうとし、あまつさえ俺の店を破壊しようとする輩。
「前世で労働基準監督署(労基)と渡り合った俺の『ブラック企業論法』で……あの堅物天使どもの理屈、木っ端微塵に論破してやる」
ホムセン店長による、神界の理不尽な要求に対する『最強のコンプライアンス・バトル』が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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