EP 6
『悪魔の料理人VS神の胃袋!無限ポテトチップス攻防戦』
ガキンッ! ガゴォォォンッ!!
「あいたぁぁぁっ!?」
タローマンの店舗の奥、厨房スペースから、鈍い金属音と情けない美少女の悲鳴が響き渡った。
「テメェ、皿洗いを命じられてるくせに、なんで勝手に冷蔵庫(魔導冷却庫)のロックバイソンの霜降り肉に手を伸ばしてやがる! この泥棒ネズミ女神が!」
「うぇぇぇんっ! だって、目の前に美味しそうなお肉があるのに、ヨダレを垂らして見ているだけなんて、神の教義(私の欲望)に反するんだものぉっ!」
厨房では、油まみれのエプロンを着たアラトが、黒光りするフライパンを構えて仁王立ちしていた。
その足元には、タローマンの緑のエプロンを着た駄女神・ルチアナが、頭に大きなたんこぶを作ってうずくまっている。
「……おい、お前ら。昼時の仕込みの忙しい時間に、厨房で何やってんだ」
俺が呆れ顔でスタッフルームから顔を出すと、アラトが青筋を立てて振り返った。
「店長、聞いてくれよ! こいつ、皿洗いどころか、隙あらばつまみ食いばっかりしやがる! さっきからロックバイソンの端肉、太陽芋、それに特製マヨネーズまで直飲みしようとしてたんだぜ! このままじゃ、ウチの食材の在庫が全部こいつの胃袋に消えちまう!」
「ひ、ひどいわアラト! マヨネーズは飲み物よ! それに、神の胃袋は宇宙(無限)なの! 下界の食べ物なんて、いくら食べても満たされないんだから!」
ルチアナが床に座り込んだまま、堂々と『燃費最悪宣言』を叩きつけた。
「……なるほど。神の胃袋は無限、か」
俺は腕を組み、冷ややかな視線でルチアナを見下ろした。
このままでは、彼女の借金(金貨十枚分)を労働で返させる前に、店の食費でタローマンが破産してしまう。ブラック企業において、人件費(まかない代)の高騰は絶対に避けるべき死活問題だ。
「おい、アラト」
「あ?」
「お前の『悪魔の料理人』としてのプライドにかけて、あのピンクジャージの無限の胃袋を完全に沈黙させるような、超特大の『劇薬ジャンクフード』を作れるか? 一口食えば脳が痺れて、二口食えば胃袋が重さで悲鳴を上げるような、暴力的なヤツをだ」
俺の提案に、アラトは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにニヤリと最高に邪悪な笑みを浮かべた。
「ひはははっ! 言うじゃねえか店長。……神様の胃袋を、人間の生み出した『脂と塩分と炭水化物の暴力』でねじ伏せる。料理人として、これ以上燃えるシチュエーションはねえな!」
「な、なによ! 私を舐めないでよね!」
ルチアナが立ち上がり、傲慢に胸を張った。
「私に食べられないものなんてないわ! どんな料理だろうと、この神の胃袋でブラックホールのように飲み込んで、三秒で消化してあげるんだから!」
「上等だ。その言葉、後悔させてやるぜ」
アラトはフライパンをコンロに叩きつけ、凄まじい手つきで調理を開始した。
彼が取り出したのは、ポポロ村の特産品である特大の『太陽芋』の山。
それを、魔法の包丁で紙のように薄く、しかし歯ごたえが残る絶妙な厚さにスライスしていく。
そして、巨大な中華鍋に、ロックバイソンの背脂から抽出した『特濃の動物性ラード』をたっぷりと注ぎ込み、グツグツと沸騰させた。
――ジュワァァァァァァァァァッ!!!
高温のラードの海に、スライスされた太陽芋が一気に投下される。
厨房内に、暴力的なまでに香ばしい油の匂いが爆発的に広がった。
「ああぁっ……! いい匂い……! 私のプラチナブロンドの髪に油の匂いが染み付いちゃうけど、そんなのどうでもよくなるくらい最高の香り……っ!」
ルチアナが、換気扇の下で豚のように鼻をひくひくさせている。
「まだだ。ここからが本番だぜ」
アラトは、きつね色に揚がったポテトを網で素早くすくい上げ、ボウルに放り込んだ。
そこに、岩塩を限界まで砕いた『特製旨味塩』と、乾燥させたガーリックパウダー、さらに中毒性を極限まで高めるための『魔法の粉(という名の旨味調味料)』を大量にぶち込み、豪快にシェイクする。
「よし、これでベースは完成だ。だが、神様を満足させるにはもう一押し『絶望』が必要だな」
アラトは小鍋を取り出し、濃厚なチーズと、ニンニクのすりおろし、そして例のアルコール度数40の『イモッカ』を少量加えて煮詰め、ドロドロの黄金色のソースを錬成した。
「完成だ! 名付けて『無限ジャンク・ポテトチップス〜悪魔の特濃ガーリックチーズ・ディップ添え〜』だ!」
ドンッ!!
と、ルチアナの目の前に、洗面器ほどもある巨大なボウルに山盛りになったポテトチップスと、地獄のようにカロリーが凝縮された黄金のディップソースが叩きつけられた。
「さあ、食ってみろ女神サマ! テメェの無限の胃袋が勝つか、俺の『油と塩の致死量』が勝つか、勝負だ!」
「ふふんっ! こんなの、映画を見ながら五分で完食できるわよ!」
ルチアナは余裕の笑みを浮かべ、一枚のポテトチップスを手に取った。
そして、ドロドロのガーリックチーズ・ディップにそれをたっぷりと沈め、口へと運ぶ。
――パリィィィッ!!
小気味よい破砕音が、厨房に響き渡った。
その瞬間、ルチアナの動きが完全に静止した。
アメジスト色の瞳が限界まで見開かれ、全身がワナワナと震え始める。
「……な、なにこれぇぇぇぇっ!?」
ルチアナが、歓喜とも悲鳴ともつかない絶叫を上げた。
「サクサクの食感の奥から、ロックバイソンの濃厚な脂の甘みがジュワッと溢れ出して……そこに、脳髄を直接ぶん殴ってくるような強烈な塩分とニンニクのパンチがッ! さらにこのチーズのソースが、全ての罪悪感を包み込んで、強制的に『もっと食べたい』っていう快楽信号を脳に送り込んでくるわぁぁっ!」
「ひはははっ! わかったか! それが人間の生み出した『ジャンク(背徳)』の極みだ!」
ルチアナは、もはや自分が創造主であることなど完全に忘れ去り、両手を使って狂ったようにポテトチップスを口に運び始めた。
パリパリパリパリッ! ボリボリボリボリッ!
口の周りに塩とチーズをべっとりとつけながら、凄まじい速度でポテトの山を削っていく。
「美味しいっ! しょっぱい! 脂っこい! でも止まらないわ! 私の神の細胞が、この圧倒的なカロリーの暴力を歓迎しているのよぉっ!」
「いいぞ、もっと食え! だがな、そのポテトはただのイモじゃねえ。ラードを限界まで吸い込んだ『カロリーの爆弾』だ。いくら神様でも、内臓の処理速度には限界があるはずだぜ!」
三分経過。五分経過。
ルチアナの食べる速度は落ちない。洗面器サイズのボウルが、みるみるうちに空になっていく。
(……おいおい、マジで食いきるのか? 神の胃袋ってのはブラックホールなのか?)
俺が少し焦りを感じ始めた、その時だった。
「……ふんすっ! むぐむぐ……ごっくん。……あ、あれ?」
ボウルの底が見え始めた頃、ルチアナの手が急にピタッと止まった。
「……うぐっ」
ルチアナが、ポコンと膨らんだ自分のお腹(ピンクジャージの上からでもわかるほどの膨らみ)をさすり、信じられないような顔でゲップを一つ漏らした。
「……え? 私、お腹が……苦しい……?」
「ひははははっ! 限界が来たか!」
アラトが勝利の雄叫びを上げた。
「神の胃袋は無限でも、テメェの脳みそと内臓が『重さ(脂質)』に耐えきれなくなったんだよ! 人間のジャンクフードの破壊力を舐めるな!」
「う、うそよ……。私が、こんな下界のイモ料理で満腹になるなんて……。でも、胃の奥に鉛が詰まったみたいにドッシリと重くて……体が、動かない……」
ルチアナは、涙目で最後のポテトチップスを口に押し込むと、そのままドサァッと床に仰向けに倒れ込んだ。
「は、敗北よ……。私の完全敗北……。でも、幸せ……。もう、一歩も動きたくない……。このまま一生、コタツに入ってポテトをかじりながらゴッドチューブを見ていたぁい……」
完全に『ダメ人間の極み(ジャンクフード中毒のニート)』へと堕落しきった女神が、ピンクジャージのまま油まみれの床に寝転がって恍惚の表情を浮かべている。
創造主たる神の尊厳は、ここに完全に塩と油の前に敗れ去ったのだ。
「……おい、ルチアナ」
俺は、床に転がる駄女神を見下ろし、冷酷なブラック店長の声で呼びかけた。
「腹は膨れたな?」
「うにゅ……。パンパンよぉ……。もうお水も入らないわぁ……」
「よし。じゃあ、食った分の『労働』のスタートだ」
俺は、タローマン特製の『強力油汚れ落としスポンジ』と、ゴム手袋をルチアナの顔の上にボトッと落とした。
「は?」
「満腹になったからって、休憩時間だとは言ってないぞ。今日からお前は、タローマンの厨房で出る油まみれのフライパンと、洗い物の皿、一日五百枚のノルマをこなすんだ。食い逃げの借金、きっちり身体で払ってもらうからな」
「えぇぇぇぇぇっ!? こんなお腹パンパンで、動けないのにぃぃっ!?」
「動け。動かないとカロリーが消費できなくて、永遠の17歳(自称)のお腹に立派な三段腹が誕生するぞ」
「ひぃぃぃっ! 鬼ぃ! 悪魔ぁぁっ! 人間の血が通ってないのぉぉっ!?」
悲鳴を上げるルチアナの首根っこを掴み、強制的にシンクの前に立たせる。
こうして、悪魔の料理人とブラック店長の完璧な連携により、最強駄女神の胃袋は完全に調教され、彼女は逃げ場のない『無限皿洗い地獄』へと叩き落とされるのであった。
「ふぅ。これで厨房の食材泥棒の心配はなくなったな」
「おう。俺の料理に胃袋を掴まれたんだ、これからは安い端肉のジャンクフードでも喜んで労働するようになるぜ」
平和を取り戻したタローマンの厨房。
だが、この『神を堕落させて社畜化する』というあまりにも不敬な行為が、天界のシステムに重大なエラーを引き起こし、神界からの『最悪の刺客』を呼び寄せることになるとは、俺たちはまだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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