EP 5
『ヒロインたちの神コスメ体験!大惨事のビューティーサロン』
「この度は、弊社のコスメ商品により多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませぇぇぇぇぇんッ!!」
翌朝。ホムセン『タローマン』の駐車場に、俺の土下座レベルの深い謝罪の声が響き渡った。
前世のブラック企業時代、不良品の回収騒ぎで役員の代わりに矢面に立たされた時に鍛え上げた、完璧な『クレーム対応の最敬礼(角度九十度、声量MAX)』である。
俺の目の前には、昨日ルチアナが『チート改造』を施したコスメを買っていった村の女性たちが、凄まじい形相(物理的な意味で)で列を作っていた。
「店長さん! このリップを塗ったら、彼氏と喋るたびに口から火が出るようになっちゃったのよ!」
ゴォォォッ! と、女性が抗議するたびに、桜色の唇からバーナーのような火柱が噴き出す。
「私なんて、この透明感アップのファンデーションを塗ったら……体が透けて、内臓まで丸見えになっちゃったじゃないのよぉぉっ!」
もう一人の女性は、文字通り『透明人間』になりかけており、服の下の骨格がレントゲンのように透けて見えるというホラー状態だった。
「ひぃぃっ! 皆さま、どうか落ち着いて! 直ちに元の美しいお姿に戻す『デトックス・エステ』を無料で施術させていただきます!」
俺は冷や汗を滝のように流しながら、店舗の横に急造した『特設ビューティーサロン(という名の解毒テント)』へと女性たちを誘導した。
「さあ、ルチアナ! お前が撒いた種だ、責任持って全部解毒(泥パック)しろ!」
「うぇぇぇんっ! なんで私がこんな泥まみれのお仕事をぉぉっ!」
解毒テントの中では、ピンクジャージの上に緑のエプロンを着た創造主・ルチアナが、涙目で泥(アラト特製の陽薬草ペースト)をこねていた。
それを、火を吹く女性の唇や、透明になった女性の顔に、ペタペタと泣きながら塗っていく。
「だいたい、私の神の加護が強すぎただけじゃない! 人間たちの器が小さすぎるのよぉ!」
「文句を言うな! 薬機法と物理法則を無視した商品を売ったのはお前だ! 今日中に全員クレーム処理を終わらせないと、お前の時給を500円に減給するぞ!」
「ひぃぃっ! やめてぇぇっ! ただでさえ借金完済まで半年かかるのにぃっ!」
俺のブラック店長全開のパワハラ……もとい、的確な業務指導により、ルチアナは凄まじいスピードで泥パックエステをこなしていく。
アラトの調合した特製ペーストのおかげで、村の女性たちの暴走したバフ効果は次々と鎮静化し、なんとか元の姿へと戻っていった。
「……ふぅ。これでなんとか、村の被害者は全員治療できたな」
数時間後。
俺はバインダーのクレーム対応リストにチェックを入れ、大きく息を吐き出した。
ルナとキャルルも、泥だらけのタオルを洗濯しながら「もう二度とあの女神のコスメは使わないわ……」とゲッソリしている。
「ひはははっ、店長、お疲れさん。だが、まだ一人足りねえぞ」
厨房から出てきたアラトが、フライパンで肩を叩きながら言った。
「一人足りない?」
「ああ。そういや、今朝からあの『青い芋ジャージ』の姿を見てねえな」
……リーザだ。
そういえば、昨日のコスメ騒動の真っ最中、あいつはやたらとレジ周りでソワソワしていた。
俺は嫌な予感(前世でトラブルメーカーの部下が無断欠勤した時と同じ、胃の奥がギュッとなる感覚)を覚え、急いでタローマンのスタッフルームへと向かった。
「おい、リーザ! サボってないで手伝――」
スタッフルームのドアを開けた俺は、その光景に言葉を失った。
「……は、春太プロデューサー……」
部屋の真ん中に、凄まじい輝きを放つ『黄金の像』が立っていた。
いや、像ではない。
青い芋ジャージの形から、ツインテールの毛先、そして顔の表情に至るまで、完全に『純金24K』へと変貌を遂げた、リーザ本人であった。
「お、おま……っ!? なんだその姿は!?」
「や、やりましたの……。昨日、ルチアナ様が触ってチート化した『クレオパトラ・ゴールド』のボディクリーム……。こっそり隠し持って、全身に塗りたくってやりましたの……!」
リーザは、純金の唇をガチガチと震わせながら、誇らしげに(しかし顔の筋肉が固まって動かないため、極めて不気味な笑顔で)言った。
「私のLove & Moneyのオーラが、神の加護と結びつき……ついに私自身が、究極の資産(純金)へと進化したのですわ……! これでもう、一生お金には困りませんのぉぉぉっ!!」
「アホかァァァァッ!!」
俺は全力でツッコミを入れ、リーザの純金の額をスリッパで叩いた。
カキィィンッ! という、鈍くも美しい金属音がスタッフルームに鳴り響く。
「い、痛いですの! 国宝級のアイドルになんて乱暴なことを!」
「お前、自分がどういう状況か分かってんのか!? 純金ってのはな、めちゃくちゃ重いんだよ! そのサイズの純金塊なら、軽く見積もっても三百キログラムはあるぞ!」
「……え?」
リーザが、自分の腕を持ち上げようとして、ピタッと固まった。
「あ、あれ……? う、腕が……足が、一ミリも動きませんの……っ!?」
当たり前だ。全身が純金の密度になっているのだから、生身の筋力で動かせるはずがない。リーザは完全に、自重で身動きが取れない『黄金の文鎮』と化していた。
「あらぁ? すっごく綺麗な金ピカの像があるじゃない!」
騒ぎを聞きつけて、ルチアナがスタッフルームに顔を出した。
「ふふふ、私の魔法が最高の芸術を生み出したわね! 店長さん、この純金の置物、ゴルド商会の残党にでも売り飛ばせば、金貨一万枚にはなるんじゃないかしら?」
「う、売り飛ばす!? 嫌ですの! 私はアイドルであって、換金アイテムじゃありませんのぉぉっ!」
純金のリーザが、目から透明な(しかしすぐに固まって金色の粒になる)涙を流してパニックを起こす。
「自業自得だ。一生その姿で、タローマンの店頭の招き猫として飾っておくか」
「そ、そんなぁぁっ! 待ってくださいまし、私……この姿だと、お口が固まって、タローソンの高級お肉が食べられませんの……っ!?」
リーザが、この世の終わり(自分にとっての最大の絶望)に気づいた顔で絶叫した。
「お肉が食べられないなんて、生きてる意味がありませんの! 助けて! 春太プロデューサー、元のビンボくさい生身の体に戻してくださいましぃぃっ!」
「……アラト。例の泥パックの残り、あるか」
「ひはははっ、特濃のやつをバケツ一杯分残してあるぜ」
俺の合図で、アラトがバケツに入ったドロドロの陽薬草ペースト(激苦)を持って現れた。
「さあ、ルチアナ。お前の仕事だ。こいつの頭から泥をぶっかけろ」
「え〜っ、せっかくの芸術品なのにぃ。……えいっ」
バシャァァァァッ!!
ルチアナがバケツをひっくり返し、純金のリーザの頭から、緑色の激臭泥パックが容赦なく浴びせかけられた。
「ぎゃぁぁぁぁっ!? に、苦い! 毛穴から猛烈な苦味が侵入してきますのぉぉっ!」
シューゥゥゥ……と音を立てて魔法の効果が打ち消され、リーザの表面を覆っていた純金がポロポロと剥がれ落ちていく。
数分後。そこには、泥まみれになって「お肉……お肉……」とうわ言を繰り返す、いつもの芋ジャージの強欲アイドルが倒れていた。
「……ハァ。これで本当に、全員のクレーム処理が完了だな」
俺はドッと疲労を感じながら、スタッフルームの壁に寄りかかった。
「あーあ、つまんないの。私の芸術的な神コスメが、全部ただの泥で台無しじゃない」
泥だらけのバケツを持ったルチアナが、不満そうに唇を尖らせている。
「お前なぁ……。これだけの大惨事を引き起こしておいて、まだそんな口が叩けるのか」
俺は、ルチアナの額にデコピンを一つ食らわせた。
「いひゃっ!?」
「いいか。お前の『美意識』は、ホムセンの顧客には危険すぎる。コスメコーナーの担当は本日をもってクビだ」
「ええっ!? じゃあ、私、どうすればいいのよぉ!」
俺は、ルチアナのピンクジャージの首根っこを掴み、アラトのいる厨房の方角へと力強く指を差した。
「決まってるだろ。お前が一番執着している『食欲』の現場……厨房のアシスタントだ。アラトの激しい調理のサポートと、皿洗い五百枚のノルマを課してやる。お前の神の胃袋と、ウチの悪魔の料理人、どっちが先に音を上げるか勝負だ」
「ひぃぃぃっ! 悪魔ぁぁっ! ブラック店長ぉぉっ!」
ルチアナの情けない悲鳴が、タローマンの店内に虚しく響き渡る。
最強の駄女神による『神コスメ騒動』は、こうして多大な疲労と泥まみれのヒロインたちを残して幕を閉じた。
だが、ホムセン店長のブラック労働革命はまだ終わらない。次なる舞台は、灼熱の油とスパイスが飛び交う戦場(厨房)へと移っていくのであった。
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