EP 4
『駄女神の接客トラブル!神の奇跡でチート・コスメ』
「ふふふ、いらっしゃいませぇ。タローマンのコスメコーナーへようこそっ!」
タローマンのコスメコーナーに立つルチアナは、神の威厳をかなぐり捨て、極めて熱心に、そして極めて怪しいテンションで接客を行っていた。
緑のエプロンをピンクジャージの上に羽織り、三角巾をちょこんと乗せたその姿は、一見すれば「やる気に満ちた新人バイト」に見えなくもない。
「あら、お客様。そのお肌、少し乾燥してますね? 大丈夫よ、この私が選んだクリームなら、魔法のようにぷるぷるにしてあげるわ!」
ルチアナは、来店した村の若い娘に対し、店頭のテスターを手に取って満面の笑みで接客する。彼女の持つ、女神由来の『カリスマ性』は凄まじかった。ただ立っているだけで、「この人が勧めるものなら間違いない」という錯覚を客に抱かせるのだ。
「え、本当ですか? このクリーム、高級品だから迷ってたんですけど……」
「迷う必要なんてないわ! 私の……いえ、この商品の良さは私が保証するわ!」
ルチアナは自信満々に微笑むと、テスターのクリームを客の頬に塗った。
その瞬間、俺の『元・小売業の勘』が、激しい警鐘を鳴らした。
(……待て、今のオーラ、ただの美容成分じゃなかったぞ。あのピンク色の光、まさか……!)
俺が慌てて売り場に駆け寄った時には、すでに手遅れだった。
クリームを塗られた客の頬が、桜色に輝き、みるみるうちにふっくらとしたツヤを帯びていく。それだけなら良い。だが、彼女の頬から、突如として『小さな花びら』がフワリと舞い落ちたのだ。
「あ、あれ……? 私の頬から、お花が……?」
「あらあら、可愛いわね! これぞ『春の女神の吐息クリーム』よ。塗るだけで、お顔から永遠に春の香りが漂うの!」
「すごいですっ! ありがとうございます!」
客は感動して、飛ぶように商品をレジへと運んでいった。
……売れた。金貨五枚の超高級クリームが、開始五分で完売である。
「……おい、ルチアナ」
俺はルチアナの肩をガシッと掴み、売り場の奥へと引きずり込んだ。
「何をした。今のクリーム、明らかに『異常な反応』を示してたぞ」
「あら、店長さん。少しだけ、私の創造魔法で『バフ』をかけてあげただけよ」
ルチアナは、何が悪いのかといった表情で首を傾げる。
「だって、この下界の化粧品って、成分が貧弱なんだもの。私の加護を少し混ぜるだけで、驚くほど効果がアップするのよ? これぞまさに、神による『商品品質の向上』ってやつじゃない!」
「余計なことをすんな! それは『品質向上』じゃなくて『物理法則の改変』だ!」
俺は頭を抱えた。
「成分が魔法で強化された化粧品なんて、万が一、体質に合わなかったらどうするんだ? 副作用で顔が溶けたり、変な色になったりしたら、店長である俺が全責任を負うことになるんだぞ!」
「大丈夫よぉ。私が手を入れたんだから、副作用なんてあるわけないじゃない」
ルチアナは、ケロッとして棚の上の商品を次々と指差した。
「それより見て! あの棚にあるリップスティック、色が足りないから『虹色の光沢』を足しておいたわ。あと、あのファンデーションは色が暗すぎたから、『朝日の輝き』を混ぜておいたの! これでもう、どのお客様も女神のような美貌を手に入れられるわね!」
「……全商品をチート改造してんじゃねえか!!」
俺は慌てて棚の商品を回収しようとしたが、すでに時遅し。
噂を聞きつけた村の女性たちが、ルチアナの接客と「神の加護を受けたコスメ」を求めて、売り場に殺到していた。
「あ! ルチアナ様、私にもそのリップをください!」
「私も! 私、最近お肌の調子が悪くて……!」
「あああ、ダメだ、戻せ! それ、まだ成分検査が済んでない――!」
店内に、女性たちの歓声と、ルチアナの傲慢で神々しい笑い声が響き渡る。
創造主たる神の魔法を、何の規準もなしに化粧品に混ぜ込むという、現代の薬機法(薬機法どころかこの世界の自然摂理)を完全無視した『神コスメ』の販売が、俺の制止を振り切って爆発的なブームになってしまったのだ。
「春太様、落ち着いてください……!」
リーザが、レジカウンターで大忙しになりながら、俺の袖を引いた。
「大変です! 売上が……売上が昨日の五倍ペースで叩き出されてます! ルチアナ様のおかげで、タローマンは今、歴史的な大繁盛ですわ!」
「馬鹿野郎! この繁盛は、時限爆弾の上に座ってるようなもんだ!」
俺は胃痛をこらえながら、売り場を凝視した。
ルチアナが笑顔で接客するたびに、棚の商品が次々とチート化されていく。
塗れば小顔になる(文字通り骨が縮む)フェイスパウダー。
纏えば空を飛べるようになる(重力が軽くなる)香水。
つけるだけで異性を魅了する(対象の脳に強制的な快楽信号を送る)アイライン。
……もはや、タローマンはホムセンではない。
美と混沌を売る『禁断の魔法の露店』と化していた。
「ひはははっ! 店長、大変だぜ!」
厨房からアラトが飛び出してきた。
「ルナとキャルルが、ルチアナの勧めで例のクリームを試しちまったらしい!」
「なっ!? アイツら、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃねえ! 今、売り場の裏で大パニックになってる!!」
俺は、アラトに引きずられて売り場の裏側へと走った。
そこには、ルチアナのチート・コスメを試してしまったヒロインたちの、地獄のような姿があった。
「あ、あらあらぁ……? 私の……私の耳が……っ!」
エルフのルナが、顔を真っ青にしてうずくまっている。
彼女の長いエルフ耳には、ルチアナが勧めた『成長促進の美容液』が塗られていた。その結果、耳はまるで巨大な『神樹の枝』のように成長し、今やルナの背丈よりも高く伸び上がり、葉を茂らせて光合成を始めていた。
「ルナ、深呼吸して! 耳から酸素が出てくるわよ!」
「だ、だめよ、キャルル! 私の耳が重くて……!」
ルナだけではない。
隣では、ウサギ耳族のキャルルが、ルチアナの勧めた『筋力増強のボディクリーム』を肩に塗ってしまっていた。
その結果、彼女の華奢なウサギ耳は、まるでボディビルダーのようにムキムキに筋肉が盛り上がり、今にも重量挙げを始めそうなほどの圧倒的パワーを放っている。
「きゃぁぁっ! やめてっ! 耳が勝手に……! 勝手にトンファーを構えて敵を探してるわぁぁっ!!」
筋肉ウサギ耳が、キャルルの意思とは無関係に、周囲の空気を切り裂くような高速の打撃を繰り出している。
「あははっ! 二人とも、最高に似合ってるわよ!」
渦中のルチアナは、そんな惨状を見て、ケタケタと大爆笑している。
「私の加護を受けて筋肉が躍動する耳なんて、まさに芸術品ね! ねえ、その筋肉で、もっと効率よくレジ打ちをしてくれないかしら?」
「誰がレジ打ちなんてするかぁぁっ!!」
俺は、ルチアナをその場にねじ伏せ、強制的にコスメコーナーを『営業停止』にした。
「営業停止! 全員、即座に販売中止だ! ルチアナ、今すぐその魔法を解除しろ!」
「え〜っ! せっかくみんながキレイになってるのに!」
「キレイじゃない! ただの『魔物への変異』だ! いいか、美しさに犠牲はつきものって言葉があるが、うちの店では『美しさはインフラ(健康)』だ! 過剰なバフはインフラの破壊に等しい!」
俺は、ルチアナの口を塞ぎ、キャルルの筋肉ウサギ耳を元に戻すための『解毒剤(アラト特製・猛烈に苦い煮込み)』を二人分流し込んだ。
「……んぐっ!? ……あ。耳の筋肉が、元に戻った……」
「わ、私のお耳も、元の可愛さに……っ!」
ルナとキャルルが安堵の吐息を漏らす。
俺は、売り場に散乱した『チート・コスメ』をすべて回収し、巨大な箱の中にぶち込んだ。
「……売上金は、全額、被害に遭ったお客様への返金と、慰謝料に充てる。これ以上の販売は認めん!」
「ちぇっ。せっかくの大儲けのチャンスだったのに……」
ルチアナが、ふくれっ面をして俺を睨みつける。
「店長さん、あなたは損な性格ね。私の力を使えば、この村の女の子全員を世界一の美女にして、この村を大陸一の観光地にだってできるのに!」
「いらん。俺たちが守りたいのは『圧倒的な魔法のバフ』じゃなくて、昨日より少しだけ笑顔になれる『泥臭くて平和な日常』だ。……お前のそのチートは、神様の娯楽としては最高かもしれんが、ウチの店ではただの『欠陥商品』だ」
俺は、ルチアナのピンクジャージの襟元を掴み、厨房の奥へと引きずっていった。
「接客は禁止だ。……お前は今日から、厨房で皿洗いとジャガイモの皮剥きだ。そっちの方が、多少は生産的だろう!」
「ええっ!? 皿洗いなんて、私の神の手が荒れちゃうじゃないの! 嫌よ、嫌よぉぉっ!!」
美と混沌をもたらした駄女神のコスメ販売は、こうして強制終了を迎えた。
だが、店長・春太の胃痛は、ここからが本当の地獄だった。
神の魔法がかけられたコスメ(時限爆弾)は、すでに村中の女性たちの手に渡っていたのである。
「……あ、あれ? なんだか最近、鏡を見るたびに背中がムズムズするんだけど……」
「あら、私もよ。リップを塗った唇が、妙にピリピリして……なんか、喋るたびに火を吹くのよねぇ」
村中から聞こえてくる、ルチアナのコスメを使った住人たちの悲鳴。
ポポロ村の平和が、神のイタズラによって、崩壊のカウントダウンを始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




