EP 3
『最強駄女神の降臨!ホムセン店長のブラック労働革命と神コスメ』
第3話:『働かざる神、食うべからず!最低賃金アルバイト爆誕』
「さあ、朝礼を始めるぞ! 全員集合しろ!」
翌朝。
新装開店したタローマンの店舗内に、俺の張りのある声が響き渡った。
開店前の静かな店内。俺の前に一列に並んだ従業員たち(キャルル、ルナ、リーザ、アラト)の視線は、俺の隣に立っている『見慣れない新顔』に釘付けになっていた。
「紹介しよう。今日からタローマンのアルバイトとして働くことになった、新人スタッフのルチアナだ」
「……どうしてこんなことになっちゃったのかしら。私の何千年のキャリアが……」
プラチナブロンドの髪をツインテールにまとめ、アナステシア世界の創造主たる女神ルチアナが、ズンと沈み込んだ声で呟いた。
彼女は、ダルダルに伸びたピンク色の芋ジャージの上に、タローマンの制服である『緑色のエプロン』を身に纏い、頭には三角巾を被らされている。
神々しいまでの美貌と、限界まで生活感の溢れるホムセン制服のミスマッチ感が、一周回ってとてつもない哀愁を漂わせていた。
「は、春太。アンタ、本気なの?」
キャルルが、ヒソヒソ声で俺の袖を引っ張ってきた。
「相手は一応、天界のトップでしょ? いくら万引きの現行犯だからって、神様をホムセンのバイトでこき使うなんて、神罰が下るんじゃ……」
「神罰? 上等だ」
俺は鼻で笑った。
「こいつが自分の力で店の壁を壊したら、その修理代も給料から天引きするだけだ。それに、こいつは神様である以前に、ただの『食い逃げニート』だ。労働の尊さを骨の髄まで叩き込んでやる必要がある」
「うぅぅ……。店長さん、やっぱり私、天界に帰りたいですぅ……」
ルチアナが、ウルウルとアメジスト色の瞳を潤ませて俺を見上げてきた。
「私、本当はただ、あなたの作った『イモッカ・ラーメン』が美味しすぎて、タダでいっぱい食べたかっただけなの! 仕事(世界創造)なんてとっくに終わってるし、天界は退屈だし、キュララの配信見てたらポポロ村がすごく楽しそうだったから、お忍びでバカンスに来たのにぃ……!」
「バカンスで他人の店の高級クリーム(金貨五枚分)を全身に塗りたくる奴があるか」
俺はバインダーでルチアナの頭をペシッと軽く叩いた。
「いいか。お前が昨日の夜に飲み食いして使い込んだ被害総額は、金貨十枚だ。日本円……いや、この世界のレートで換算して、およそ百万円ってところだな」
「ひゃくまんえん……?」
「ああ。そして、お前の時給は『850円』だ。これはルナミス帝国の最低賃金をギリギリ満たす、合法かつ超ホワイトな初任給だぞ」
俺は手元の電卓をパチパチと弾き、無慈悲な数字をルチアナの目の前に突きつけた。
「百万円を時給850円で割ると……約1176時間だ。一日八時間、週五日きっちりフルタイムで働いたとして、およそ半年間。……これがお前がタローマンで果たすべき『労働(贖罪)』の期間だ」
「は、はんとしかん……!?」
ルチアナが白目を剥き、よろけて棚に手をついた。
「そ、そんなの無理よ! 私は創造主よ!? 指先一つで金貨の山なんて、いくらでも創り出せるんだから! ほら、見てなさい!」
ルチアナが右手に黄金のオーラを集中させ、魔法で金貨を錬成しようとした。
その瞬間、俺は彼女の耳元にスッと顔を近づけ、悪魔のように囁いた。
「……おいおい。まさか『偽造通貨』を創り出そうってんじゃないだろうな? つい先日、五円玉を金貨と言い張って使った大企業の会長サマが、パンツ一丁で帝国騎士団にドナドナされていった事件を知らないのか?」
「ヒッ!?」
「神様が通貨偽造の罪で逮捕。……天界の沽券に関わる大スキャンダルだな。キュララの配信で全世界に拡散してやろうか?」
「や、やめてぇぇぇっ!! ごめんなさい、私が悪かったですぅぅっ!」
ルチアナは完全にパニックになり、黄金のオーラをシュンと消滅させて土下座の姿勢に入った。
前世の社畜時代、コンプライアンス違反スレスレの部下を恫喝……いや、指導する際に使った『社会的抹殺のチラつかせ』。これが、世間知らずの女神には劇的な効果を発揮したのだ。
「フフフ。素晴らしいですの、春太プロデューサー!」
一部始終を見ていたリーザが、拍手をしながら俺の隣に並んだ。
「どんな偉い神様だろうと、最後はお金(負債)の力で屈服する! これぞまさにLove & Moneyの真理! さあルチアナ様、私に『一生遊んで暮らせる祝福』を授けてくださるなら、少しだけお仕事を代わってあげても――」
「リーザ、お前はレジ周りの掃除だ。新人をたぶらかすな」
「はーい……」
俺がリーザを追い払うと、今度はルナが、おずおずとルチアナに近づいてきた。
「あ、あの。ルチアナ様……。もしよろしければ、この大地の肥料として、貴女様のその神々しいオーラを少しだけ分けていただけないでしょうか……? きっと、ものすごい巨大な大根が育つと思うんですわ……!」
「ええっ!? いやよ、私、肥料扱いなの!?」
ルチアナが涙目で後ずさる。
「……ったく。どいつもこいつも」
俺がため息をついていると、厨房からアラトが、モワァッと暴力的な湯気を立てるお盆を持って現れた。
「ひはははっ! 朝礼終わったか、店長。今日の『まかない(朝飯)』は、特製ロックバイソンの極厚カツサンドと、イモッカのダシで煮込んだジャンク・ポタージュだぜ!」
その瞬間。
ズズズッ……と。
ルチアナの鼻が、猟犬のようにピクピクと動き、彼女の視線がアラトの持つカツサンドに完全にロックオンされた。
「ああっ……! お肉の焼ける匂いと、ジャンクな油の香り……! 天界の霞みたいな食事じゃ絶対に味わえない、この圧倒的な背徳感……っ!」
ルチアナの口から、タラーッと一筋のよだれが垂れる。
彼女がフラフラと吸い寄せられるようにカツサンドに手を伸ばそうとした瞬間。
俺はスッと横から手を出し、そのカツサンドを奪い取った。
「ああっ! 私のカツサンドが!」
「バカ言え。これは『まかない』だ。まかないってのは、一生懸命働いた従業員だけが食べられる特権だ。まだ一秒も働いてない奴に食わせる飯はねえ」
「そ、そんな殺生な……! 一口! 一口だけでいいから!」
ルチアナが俺の足にすがりつき、エプロンの裾を引っ張って泣き叫ぶ。
「働きます! 私、働きますぅっ! だからそのカロリーの塊を私にくださいぃぃっ!」
「……よし。言ったな?」
俺はカツサンドを高く掲げたまま、ニヤリと笑った。
「なら、まずは『接客の基本』からだ。タローマンの店員たるもの、挨拶ができなきゃ話にならない。さあ、言ってみろ。『いらっしゃいませ、タローマンへようこそ!』だ」
「い、いらっしゃいませ……タローマンへようこそ……」
「声が小さい! 天界のトップの威厳はそんなもんか!」
「いらっしゃいませぇッ! タローマンへようこそぉッ!!」
ルチアナが、涙目になりながら、喉が裂けんばかりのやけくそな大声を張り上げた。
プラチナブロンドの髪を振り乱し、ピンクジャージに緑のエプロン姿の女神が、ホムセンの通路で接客の練習をする。
「……よろしい。じゃあ、お前の最初の配属先は、新設した『コスメコーナー』の接客担当だ。女の子の客が来たら、お前のその無駄にいいルックスを活かして、化粧品をガンガン売り込め。売上が目標を達成したら、休憩時間にこのカツサンドを食わせてやる」
「本当!? やったぁ! 任せて、私、美しさには自信があるのよ!」
ルチアナがパッと顔を輝かせ、現金なほど素早くコスメコーナーの売り場へと走っていった。
「……ハァ。本当に、神様をバイトにしちゃったわね」
キャルルが呆れ顔で、自分の額を押さえている。
「ひははっ。だが、あいつの食い意地は本物だぜ。俺のメシで釣れば、案外いい働き手になるかもしれねえな」
アラトが腕を組んで面白そうに笑った。
「ああ。相手が誰であろうと、ウチの制服を着たからには立派な戦力としてこき使ってやるさ。……さあ、タローマン、開店だ!」
俺の号令と共に、ホムセン『タローマン』のシャッターが上がり、朝日が店内に差し込んだ。
神の威厳をジャンクフードの欲求でねじ伏せ、最強の駄女神を最低賃金のアルバイトとして雇用するという、前代未聞のブラック労働革命。
だが、この時の俺たちはまだ甘く見ていたのだ。
創造主たる神様を『化粧品コーナー』という、美と魔法が直結する危険地帯に配属してしまったことが、後にとんでもない大惨事を引き起こすということに――。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




